「研究のesprit」という課題をいただいたが、退任後10年、医学とは凡そ現実の縁なく過ごしてきた私には難題以上のものである。唯、現在、そして未来はすべて過去の積み重ねの上にあるというが、医学教育に関する自身の経験の中で、今なお心を過ぎること、殊にあの時こうすればよかったのになどと、反省の意をこめて思い出されることの一、二を記して文責を果たしたい。
一つはインターン制度廃止後の卒後研修のあり方についての議論である。インターンという言葉も既に過去のものとなって久しいが、1965年以前には卒後1年間の臨床研究が義務として課され、その後に国試を受ける制度であったのを、現在のように改正されるに当たって、いろいろとトラブルのあったことはなお大方の記憶に新しいと思う。特に国試合格後の研修の義務化の是非について医者の間でもそれこそ侃々諤々の議論がかわされた。今でも私はそう思っているのだが、当時医育機関代表者の多くが、講座単位でない義務的研修の必要性、但しそれには研修環境とくにレジデンスの整備と、司法修習生同様の給与を前提とするという構想を内心支持していた。しかしこれは結局、学園紛争の外圧と、財源がないという理由で当局の受入れるところとならず、陽の目をみるにいたらなかった。ところが、その後僅か数年を出ずして、列島改造論の大波が打寄せ、併せて40校に近い医大の新設をみ、これが今日の医師過剰を結果していることはご承知の通りである。新設に要した経費は医師の実必要数に応じる旧設医大の整備拡充、研修医の給与や設備充実に要したであろう費用の恐らく数十倍にも上ろう。
そこで私の提言。医学の卒前教育はすべて旧設の国公立と私大にまかせ、要すれば臨時定員増、教育要員と施設を増強する。列島改造後の新設医大は大学院大学又は研究施設に変換し、併せて義務的卒後研修の場とする。研修医の配分等については地域社会の実需状況をも踏まえて別途考慮する。
老骨の妄言と一笑に付されるかも知れぬが、医学の分野だけでなく、政治、経済、教育すべての領域で、明治以後の我国は欧米文化の外形的追随に急ぐ余り、その時々の現実だけに目を奪われ、悲惨な敗戦という結果を招いた。それにも拘らず戦後も又、経済大国という虚名に惑わされて、場当たり的な対応に追われつつ破綻への路を歩んでいるように、私には思えてならぬ。今日ほど過去を冷徹に見据え、合理的な将来計画に基づいて、果敢に行動すべき時はないと思うのだが、如何であろうか。 (名誉教授・胸部外科学)
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