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師について

齋藤 國彦

  古くから多くの先輩たちによって語られている課題であるが、求められるままに「師」について一言述べたいと思う。

 道元禅師は「参禅学道には正師を求むべきこと」として師と弟子の関係を大工と材木にたとえて次のように述べていられる。玉城氏によると、「弟子はよい材木のようなものであり、師匠はこれを取り扱う大工職のようなものです。良い材木でも、大工がよくなかったら、建築材料としてのすぐれた麗しさは現れません。たとい曲がった木でも、もし名人の手にかかると、不思議なまでの出来栄えがたちまち現れます」と訳されている。

 朝永振一郎博士も師仁科芳雄博士との決定的な出会いを感激を込めて記しておられる。一部を引用すると、「研究室の生き生きとした空気の中で、京都時代の重苦しい気分は一枚一枚と薄皮をはぐようにとれていった。よく学びよく遊ぶ連中が大勢いて、アルコールの味や寄席の妙味、ハイキングその他、演劇や音楽を観賞する楽しみ」なども満喫されておられたようである。

 関西医大は地の利がよく、幸いにも近隣に立派な先生がおられる。私が現役時代、それら多くの先生に特別講義をお願いしたのも先生方の謦咳に直接触れてほしかったからである。

 道元禅師が正師を求めて入宋されたのは1223年24歳とされるが、それを遡ること約600年、7世紀半ばより約200年15回にわたる遣唐使の歴史がある。その遣唐使の日本最期の停泊所とされる五島列島、とくに「辞本涯」の碑のある福江島北端の柏の岬に立って、茫々縹渺とした群青色の東支那海を眺めるとき、その昔、生死をかけて唐に渡った若い僧の姿が偲ばれるのである。

 生涯稽古という。謙虚に師を求める心は何時までも尊い。関西医大の若い方々の一層の活躍を祈って止まない。(名誉教授・医化学)

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