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麻酔科学講座
Department of Anesthesiology
教授 新宮 興

1. 全身麻酔薬の中枢作用

 全身麻酔薬はいずれも意識を消失させる薬物であるが、その鎮痛作用や循環への作用などは薬物によって異なる。麻酔薬をその中枢神経の電気活動へ及ぼす作用から分類すると3種に分類することができる。血圧、刺激に対する反応抑制、脳血流、脳代謝、頭蓋内圧、術後悪心などの臨床で見られる麻酔薬間の違いをこの分類によって、統一的に説明できることを示してきた。さらに術中覚醒をもたらさないために必要な用量と刺激に対する反応を抑制する用量との比率の薬物間の違いなどもこの分類によって説明できる。臨床で見られる現象を麻酔薬の電気生理学的作用の違いによって明らかにすることが研究の目的である(図1)。

図1 セボフルラン麻酔下で坐骨神経電気刺激による大脳皮質、扁桃核、海馬の脳波、中脳網様体多ニューロン活動および血圧の変化。
 刺激により脳波上の棘破出現頻度が増加し、中脳網様体多ニューロン活動、血圧は上昇し、二段脈もみられる。CX: 大脳皮質脳波、AMY: 扁桃核、DH: 海馬、R-MUA: 中脳網様体多ニューロン活動、BP: 血圧。

2. 麻酔薬の抗痙攣作用

 麻酔薬は抗痙攣作用を有するが、麻酔薬の中にはそれ自身が痙攣を誘発する薬物もある。痙攣モデルを研究材料として、麻酔薬の中枢における作用機構を解明しようとする研究である。近年、臨床使用されてきた静脈麻酔薬の中枢作用機構を明らかにすることもこの一分野である。

3. 硬膜外麻酔に関する研究

 術中術後および疼痛疾患に対する鎮痛手段として、硬膜外麻酔が広く用いられている。また、近年は局所麻酔薬のみならずオピオイドや他の薬物も硬膜外投与によって作用をもたらすことが明らかにされつつある。ヒトと同様の経皮的慢性硬膜外カテーテルの留置法をウサギを用いて開発した。このモデルを用いて、ヒトでは研究できない慢性的、組織的研究を行っている。これまで、呼吸系への作用を検討してきたが、現在は耐性形成について研究を行っている。さらに各種薬物による鎮痛作用に関する研究を行っている(図2)。

図2 家兎硬膜外腔へのカテーテル4週間留置後の線維化形成。
第5腰椎横断面、H&E染色。カテーテルは硬膜外腔にあり、その周囲にカテーテルを取り囲むように線維組織の増殖がみられ、白血球も多数観察される。この線維化が、硬膜外カテーテルの長期留置における局所麻酔薬硬膜外注入効果の減弱、慢性耐性の発現と密接に関係していると考えられる。留置されたカテーテルによる脊髄圧迫の所見はみられない。

4. 静脈麻酔薬に関する研究

 揮発性麻酔薬は既にその化学構造の修飾による新薬物の開発が終了し、今後は静脈麻酔薬が中心に開発されていくと思われる。最新の静脈麻酔薬であるプロポフォールについて、基礎的および臨床的研究を進めている。

5. 気腹手術に対する麻酔管理

 近年、気腹を用いた手術が増加している。術後の回復が早く、創も最小限のものとなり患者には極めて有益な手術である。しかし、手術中の麻酔管理では循環および呼吸器系へ従来の手術以上の影響を及ぼす。腹腔鏡下手術における麻酔管理上の問題点を明らかにするため、動物実験および臨床研究を実施している。

6. 麻酔薬による脳内化学伝達物質放出への作用

 麻酔薬の中枢作用を検討する手段として、脳内化学伝達物質の放出へ及ぼす麻酔薬の作用を検討してきた。高濃度において痙攣をもたらす揮発性麻酔薬エンフルランは興奮性化学伝達物質の放出を促進することを明らかにした。現在はマイクロダイアライシス法を用いて生体内での検討を実施している。

7. 侵害刺激や薬物のもたらす中枢神経の可塑性変化

 従来の麻酔薬の研究は生理学的、機能的解明が中心であったが、近年では侵害刺激や各種薬物がもたらす物質的、組織的変化を解明し、それに対する麻酔薬の作用を明らかにする方向へと進んでいる。ラットを用いて、侵害刺激およびそれ自身が麻酔薬であるケタミンによる中枢神経におけるc-Fos発現とそれに対する麻酔薬の研究をおこなっている(図3)。

図3 ケタミンによるc-Fos発現とハロセンによる抑制。
A: ケタミン100mg/kg腹腔内投与により、ラット脳帯皮質にc-Fos (c-fosタンパク) の発現が誘導される。黒い点一つ一つが核細胞の核にあるc-Fosを示す。B: 吸入麻酔薬ハロセン1.0%を10分前より吸入させておくとc-Fosの発現は減少する。C: ハロセン濃度を1.8%にすると、c-Fos発現はほとんど見られなくなる。

研究の展望

 麻酔科学では、麻酔薬の中枢作用、侵害刺激がもたらす中枢神経内物質的変化、硬膜外麻酔を中心に基礎的研究を行っている。麻酔は外科的侵襲存在下での生体機能を維持する手段であり、外科的侵襲の中では疼痛が現時点では最も研究されている。今後、臨床においては患者の生活の質を維持する麻酔が中心課題となる。それに伴って、研究も生活の質を規定する因子とそれを維持する手段に関する研究に課題が変化してくると思われ、より臨床と直結した研究を実施することになる。また、麻酔に用いる薬物の開発にあたっては副作用が最小限であり、調節性に富むことが重要である。このためには、特異的な受容体と結合する薬物の開発が望まれ、生体の機能維持に関与している受容体の解明が基礎となる。他方、毎年大学院生を基礎講座へ送り、将来の基礎的麻酔研究の基盤を形成している現状である。

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