1996年度は肝臓研究所創立10周年にあたり、肝臓研究所唯一の専任部門として活動している分子遺伝学教室に於いては、初代喜多村教授が東京工業大学に1995年転任し、後任に1996年黒崎が着任し一つの転機を迎えました。黒崎は着任して早々であるということもあり、本紹介では将来の展望に重点を於いて述べてみたい。 図1 組織損傷時における肝細胞増殖因子(HGF)の活性化 図2 BCRシグナル仮説 免疫現象は高等生物になって獲得されたものであり、又その複雑・巧妙さ故に多くの研究者を魅了してきた。しかしながらその、複雑さの大まかなフレームワーク、例えば利根川らにより、gene rearrangementがその1つの重要なメカニズムであることが明らかにされた現在、よりchallengingな問題は、脳・神経の記憶・学習の分子機序の解明と考える研究者が多い。確かにその視点は的をついたものであるが、裏を返せば、免疫現象の研究は、明らかに第2期に突入したともみなせるわけである。即ち第1期に得られた情報を基に、より巧妙な実験をくみ、新たなる制御機構、例えば免疫寛容形成分子機構の解明につながるのではないか。又当然ながら、このように情報の蓄積がある現在、免疫現象を用いた本格的な臨床面への応用期に突入したともみなせるわけである。 既にBCRシグナルに関与すると考えられている、チロシンキナーゼ等20種類のシグナル分子を、培養B細胞でのin vitro gene targetingにより樹立解析してきた。まだ依然として多くのシグナルに関与するかもしれないと考えられている既存の分子は存在し、系統的にこれらの分子特異的欠損細胞を樹立しその機能を検定する。
図3 BCRシグナルに於けるLyn, Sykの段階的活性化モデル 3―2により培養B細胞でphenotypeが現れたシグナル分子においては、 knock-out mouse作製により、個体レベルでどのようなphenotypeがdominantに現れるかを検定する。このmouseのphenotypeと類似した疾患を系統的に検索し、この分子異常によって生じる疾患の発掘につとめる。
2. 過去の実績
[1]肝臓増殖因子及び HGF receptor (HGFR)の研究
この研究は喜多村教授が着任されてから、分子遺伝学教室の中心テーマとしてすすめられた研究である。肝臓細胞は細胞増殖の観点からは、通常G0期の状態、即ち外からの刺激があるといつでも増殖を始められる状態にある。例えば部分肝切除をすると、これが刺激になり増殖を始める訳である(図1)。この肝臓増殖に中心的役割を担っているHGFの単離・クローニングに世界に先駆けて成功し、又ノックアウトマウスの樹立により、肝臓の発生増殖に必須の因子であることを証明した。これらの研究成果は肝臓細胞増殖の分子機序解明に貢献するのみならず、肝 炎、肝臓移植等多くの肝臓疾患の診断・治療面への寄与は非常に大きい。
組織損傷,例えばヘパトトキシンによる肝障害が起きると,産生細胞でのHGF遺伝子の発現が誘導され,mRNAが増加する。その結果,分泌されるHGF(不活性型)の量も増える。また,組織損傷によりHGFを活性化する酵素の活性も高まる。活性化した酵素により,HGFは分子内切断され,活性型に変換し,応答細胞の受容体に結合できるようになる。
2. Komada et.al. (1994) J. Biol. Chem. 269: 16131-16136.
3.Uehara et. al.(1995) Nature 373: 702-705.
[2]B細胞抗原受容体(BCR)の研究
BCRを介する細胞内情報伝達はB細胞の分化、活性化に一義的に重要な役割をしている。従ってその細胞内シグナルが如何にして質的・量的に制御されているかの研究は(図2,図4)、B細胞の機能発現を考える上でさけて通れない問題であり,BCRシグナルの研究は1996年に黒崎が着任してから始めている。BCR刺激によるカルシウム動員にIP3レセプター(IP3R)が必須の役割をしていること。又、このカルシウム動員とPKCの活性化がB細胞免疫寛容の1つのメカニズムと考えられているBCR依存性の細胞死(アポトーシス)に重要な役割を担っていることを明らかにした。
図4 BCRシグナルは co-receptorにより,正に負に調節されている
2.Ono et. al. (1997) Cell 90: 293-301.
3.Kurosaki (1997) Curr. Opin. Immunol. 9: 309-318.
3. 将来への展望
このような現況で、分子遺伝学教室の研究の方向性として <1>免疫現象に於ける既成概念の直接的検証、及びこの過程を通じて新規分子、ひいては新規概念の提出<2>免疫疾患の発見及び治療を目指した研究、を将来10年間の基本目標として行う予定である。具体的には、以下の3つのプロジェクトをこれから3年間中心的に行う。
[1]既存のシグナル分子欠損細胞樹立による、直接的機能検定
[2]新規シグナル分子の単離及びその機能検定
いままでの研究成果により、チロシンキナーゼであるSykがBCRを介する細胞の活性化及び細胞分化に重要な役割を担っていることは明らかにされており(図3)、この事実に基づきSykの生理的基質を in vivo B細胞を用いて蛋白化学的に単離精製する。新規蛋白質をコードじている遺伝子を単離した後、この遺伝子欠損細胞を樹立し、機能検定する。
[3]新規シグナル分子の個体レベルでの機能検定及びこのシグナル分子異常と考えられる免疫疾患の探索
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