図1 鉄イオンおよびヘムの細胞内代謝と利用 図2 プロトポルフィリノーゲンオキシダーゼ遺伝子のヒト染色体座位(1q22) 図3 非ステロイド型合成エストロゲンの構造 1965年の講座誕生以来、実社会に根ざした産業医学研究は当教室の大事なテーマである。生産技術と職場環境の変貌を踏まえて、最近は作業関連疾患とくに職業性腰痛などの筋骨格系疾患、労働態様に起因する産業ストレス、ならびに産業疲労の疫学・予防・人間工学に関する職場立脚型の調査・研究を行っている。これらの多要因性の疾患の認定・診断と予防のためには、関連因子の生体影響への寄与度を客観的に測定することが重要である。そのために、作業分析、姿勢・動作分析、表面筋電図解析、健康診断、アンケート調査などを行い、併せて保母、寮母・看護婦等の介護労働者、調理員、など主に第3次産業関係の職種を対象に、第1次予防としての作業改善および作業環境改善につながる研究と現場での教育支援を行っている(Okuno et al. (1997) Ind Health 35:202-211)。これからも、労働者の疾病の低減と健康増進、Quality of Working Life (QOWL) の向上により貢献する職場介入研究を一層推進したい。関連して行っている中小企業の労働衛生問題、職業アレルギー、健康教育、医学教育、高齢者福祉についても調査や実験を発展させたい。 赤血球分化・ヘム代謝・酸化ストレス・鉄代謝・ホルモン撹乱機序の分子遺伝学的研究、各種疾病の遺伝子解析・分子疫学的研究、ならびに作業関連疾患の予防介入研究、職業アレルギーの予防研究を進める。
代表的職業性中毒である鉛中毒における血色素・ヘムの生合成に対する鉛の障害機序の研究を行い、鉛中毒時のポルフィリン中間体の蓄積は、ヘム合成に利用される鉄イオンの細胞内代謝とポルフィリン代謝のズレに原因があることを明らかにした。この研究を発展させて、赤血球の分子レベルでの分化機構の解明とヘム合成系の8種の酵素群のうちの終末段階の3種の酵素(コプロポルフィリノーゲンオキシダーゼ、プロトポルフィリノーゲンオキシダーゼ、フェロケラターゼ)の遺伝子の単離を行った。この3酵素は赤血球細胞の分化の初期に、分化に特異的な調節因子 GATA-1 の支配下で著しい誘導発現が起こり、鉄の細胞内への取り込みおよび利用と同調していることを明らかにした(Taketani et al.(1994) J Biol Chem 269:7527-7531)。一方、肝臓の細胞をはじめ非赤血球系細胞では、ヘムや鉄の代謝は、酸素障害や酸化ストレスなどの環境変化に伴って著しく変動するが、その契機になったのが当教室で証明した種々の環境ストレスによるヘム分解酵素の誘導である。現在では、ヘム分解酵素はストレス蛋白質の一つとして知られ、ヘムの分解産物であるビリルビンと鉄イオンは、ヘム分解酵素を介して酸素障害に対する防御機構を形成していることが明らかになった。地球環境の変化に伴う生命の防御および適応は、これからの最も重要な課題であり、今後もこれらの研究を推進して行きたい。
2. ポルフィリア症の遺伝子診断
ヘム合成系のそれぞれの酵素については、遺伝性の欠損症であるポルフィリア症が知られている。一般に、ポルフィリン化合物は光によって容易に分解される性質があり、その時に反応性の強いラジカルなどの化合物が生じる。従って、ポルフィリア症が発病すると、蓄積するポルフィリンが光と反応して皮膚アレルギー症状を起こす。患者の診断と治療を確実にするためには、酵素の DNA 診断が重要であるが、当教室で明らかにした3つの終末酵素の遺伝子構造の解明は、ポルフィリア症の DNA診断を可能にした。我々は、PCR法の利用と1滴の血液からこれまでに日本人骨髄性プロトポルフィリア症患者3例のフェロケラターゼ遺伝子の変異点を明らかにし、また他の2酵素の欠損症の欧米人患者について DNA 診断を行った(Taketani et al. (1995) Genomics 29:698-703)。今後は、100例以上実在する日本人患者の DNA 解析を進めてポルフィリア症の分子疫学マップを完成させ、来るべき遺伝子治療の時代に備えたいと計画している。
3. 環境中の合成化学物質による内分泌撹乱作用の解明
最近、環境中に存在する多様な合成化学物質による生体のホルモン分泌系の撹乱作用が注目され、精子数の減少、不妊症、生殖器異常、ホルモンに誘発された乳がんや前立腺がん、野生動物に見られる発達および生殖異常など、さまざまな現象と合成化学物質との関連性が指摘されている。内分泌撹乱作用が知られている物質は、DDT、PCB、ダイオキシン、プラスチック原料など多岐にわたっている。その作用機序については、生体内のホルモン受容体への内分泌撹乱物質の結合に始まるシグナル伝達経路、その結果として発現が乱される標的遺伝子への影響などが推測されているが、詳明は不明な点が多い。そのような内分泌撹乱作用を解析するために、ヒトのホルモン受容体を発現させた酵母と動物細胞を用い、生殖器がんを誘発する非ステロイド型の合成エストロゲンとそのアナログ について構造と活性の相関関係を、さらにエストロゲン受容体の立体異性体の識別機序について研究中である(Kohno et al. (1996) J Mol Endocrinol 16:277-285)。増加する合成化学物質の生物影響の解明は、環境の世紀といわれる21世紀の重要なテーマで、今後さらに研究を発展させたい。
4. 作業関連疾患の予防と QOWL の向上のために
研究の展望
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