学術フロンティア推進事業キックオフシンポジウム

 学術フロンティア推進事業キックオフシンポジウムは日本疼痛学会と日本ペインクリニック学会に協賛いただき、 平成18年8月25日(金)午後2時〜5時に滝井キャンパス南館臨床講堂で開催されました。はじめに、日置絋士郎学長から関西医科大学における学術フロンティア 推進事業について、ラグビーボールにたとえながらこれまでの経緯と展望について、ついで伊藤誠二センター長から、本学術フロンティア推進事業がめざすもの という標題で、平成13年〜17年の学術フロンティア推進事業「再生医学難病治療センター」の継続・発展させること、滝井キャンパスに拠点をおき、 ブレインメディカルセンター (BMC)と連携してトランスレーショナル研究を推進することと本事業のめざす点を強調された後、最近の慢性疼痛の基礎研究の 進歩について話されました。ついで、ペインクリニックの第1人者であられる宮崎東洋順天堂大学名誉教授、神経因性疼痛患者の激痛を人工神経を用いた神経再生で治すことに世界で初めて成功 された稲田有史病院長、平成18年度の文化功労者で神経科学の第1人者であられる中西重忠京都大学名誉教授により順次プログラムに従って講演が行われました。 各演者の長年の豊富なご経験と実績からにじみ出た、大変分かりやすく、造詣の深いご講演で、各演者からの「学術フロンティア推進事業キックオフシンポジウム」 に対する熱いメッセージに魅了され、会場は熱気にあふれていました。神経系難治性疾患の1つ神経因性疼痛をテーマとして、宮崎先生の臨床現場における ペインクリニックの現状とペインセンターあり方、稲田先生の神経再生による神経因性疼痛の最新の治療方法、脳科学の機能分子からシステムへの基礎研究の展開が臨床の問題の解決へのさらなる 展開という各演者のお話が一本の糸となり、まさに本事業がめざす修復再生医学を用いたトランスレーショナル研究の方向性を明示していただいた有意義なシンポジウムでした。



日置学長



伊藤センター長



宮崎東洋名誉教授
(順天堂大学)



稲田有史病院長
(稲田病院・関西医大非常勤講師)



中西重忠所長
(大阪バイオサイエンス研究所・京都大学名誉教授)



全体の集合写真


本シンポジウムのプログラムと各演者のご講演内容を以下に簡単にまとめています。


― プ ロ グ ラ ム ―

プログラム

日 時 : 平成18年8月25日(金) 14:00〜 17:00
場 所 : 関西医科大学南館臨床講堂

14:00〜14:10
  日置 紘士郎 関西医科大学学長

    「学術フロンティア推進事業開始にあたって
    −ブレインメディカルセンターとブレインメディカルリサーチセンターの融合−」

14:10〜14:30
  伊藤 誠二 研究代表者

    「本学術フロンティア推進事業がめざすもの」

14:30〜15:10
  宮崎 東洋 順天堂大学名誉教授

    
「日本におけるMultidisciplinary Pain Clinicの現状とペインセンターのあり方」

15:10〜15:50
  稲田 有史 稲田病院院長・関西医科大学非常勤講師
          本学術フロンティア推進事業共同研究者

    「難治性疼痛への再生医療の応用」

休憩
16:00〜17:00
  中西 重忠 大阪バイオサイエンス研究所所長
          京都大学医学研究科名誉教授

    「分子脳科学に携わって−機能分子からシステムへ−」



主催:関西医科大学ブレインメディカルリサーチセンター
共催:日本臓器製薬株式会社
協賛:日本疼痛学会・日本ペインクリニック学会






「日本におけるMultidisciplinary Pain Clinicの現状とペインセンターのあり方」

宮崎東洋名誉教授

 

 現在日本では、痛みに対して適切に治療なされていないと感じている 患者数が圧倒的に多く、我が国でも必要性が問われているMultidisciplinary Pain Center(学際的痛みセンター)について、従来までのPain clinic、Pain center と比較して語られた。 痛みを診、理解し、科学するためのMultidisciplinary Pain Centerは、国際疼痛学会で「臨床専門家と基礎医科学者で組織され、研究、教育、治療を行なう施設。臨床各科と基礎医学の複合体となり、 痛みの発生機序に基づく診断および多角的な治療を行なう。全体の配置としては、医師、心理学者、看護師、理学療法士、作業療法士、職業相談員、ソーシャルワーカー、その他医療の専門家が必要とされる。」と定義されている。
 慢性痛患者の「疼痛」は従来までの概念とは異なり「疼痛行動」「情動反応」「疼痛」といった包括的なものであるとし、各専門分野によるチーム医療が必要である。 器質的原因の除去に固執するのではなく、疼痛に起因したADL(日常生活動作)の改善を目指し、これこそが真の意味での治療、Multidisciplinary Pain Treatmentになると熱っぽく語られた。 原因が明らかではない痛みであってもその他の修飾因子にも焦点を当て除去することによって疼痛緩和が可能になることを示された。治療におけるもう一つの重要な点は患者による能動的な治療にある。 医療者依存的な治療ではなく、患者自身が能動的に取り組むことを促す刺激を医療者が与えるオペラント条件付けを応用した治療である。そして治療の最終目標は痛みの消失ではなく、QOL(Quality of life) の向上であることを強調された。この考え方は我々医療者、あるいは研究者がターゲットにしている「本質」は何であるのかを問い直すものである。単に神経因性疼痛や侵害刺激の除去ということではない。VAS(Visual analog scale)や 動物モデルによる反射行動では評価できない「疼痛行動」がターゲットであることを理解しなければならない。慢性疼痛経路に対するブロックでは、難治性疼痛に対応することも、理解することもできない。 何をすれば何が治るのか、本当に必要なことは何なのかを症例の紹介を含めお話になられた。
 今後発展の望まれるMultidisciplinary Pain Centerでは、動物モデルや既存の情報のみでは理解しきれない症例の「多様性」に対応すること、そして取り組む各専門分野による共通の理解こそが重要である ことをまとめの言葉としてご講演を終えられた。(文責 T.K.)




「難治性疼痛への再生医療の応用」 稲田 有史病院長
  

 アロディニア、拘縮、振戦など中枢神経説で説明されてきた症状がある 複合性局所痛症候群(Complex regional pain syndrome, CRPS)でも病態を説明できる末梢神経損傷の所見があり、いままで根治が不可能と考えられ てきた対象であるCRPS type II(1本の神経やその主要な分枝の部分損傷後に起こる、通常手や足の領域の灼熱痛、アロディニア、痛覚過敏)に再生 治療を適用し神経再建することで社会復帰ができるまでに治癒するという画期的な外科的な末梢神経治療を報告された。高分子ポリマーであるpolyglycolic acid (PGA)管にcollagen線維をスポンジ状に詰めたもの(PGA-collagen tube, Brain Res. 868: 315, 2000)を人工神経として用い、末梢の神経損傷部位 を再建するという最新の画期的な治療法(Neurosurgery 55: 640, 2004, Pain 117: 251, 2005)について述べられた。人工神経治療のコンセプトは「場の理論」といわれる 自己修復・再生である。生体組織の維持・修復・再生はその場の環境が支配しているので生体の治癒力に期待し神経を修復・再生させるということである。「足場」としての 人工神経管と、周辺から人工神経管へ進入する「細胞」、血行再建による血液による環境維持と周辺からの「増殖因子」という再生治療に必須な三種の神器に よる神経再建により治癒する。手の末梢神経の損傷部位をPGA-collagen tubeによってつなげて18ヶ月後に再生された神経は電気刺激により活動電位が惹起 されることを示し、実際に神経再生が起こっていることを証明された。
 自家神経移植よりも優れているのか?という疑問に対しては、犬の自家神経移植では60%で神経腫が形成されるのに対し、PGA-collagen tubeで神経間を つなげることにより100%神経再生したことからその有効性を示された(Brain Res. 1027: 18, 2004)。実際、臨床でも自家神経移植の成功確率は約40%で あり、この結果は臨床データに合ったものであった。1年以上手指の痛みを訴える患者の局所所見としては神経不連続、神経腫、肉眼的神経腫なし、末節骨 への癒着、過緊張症候群とその原因を区別できるが、いずれの場合でも人工神経による末梢神経の再生治療の適用で治癒する症例がある。なかでも、肉眼的に神経の不連続性や神経腫 がみられない症例でも患部の神経は電気刺激で活動電位を惹起しないことがあり、その場合には再生治療が効果のあることを示され、術中電気刺激法の確立が重要であることを示された。 今までに神経因性疼痛、CRPSと診断、紹介され、生体内再生治療を施した153例中127例、つまり83%が治癒し、社会復帰までできたと驚異的な報告をされた。
 これら多数の臨床経験から、神経因性疼痛やCRPSに対する生体内再生治療の臨床上の問題点として@長期間の再生時間と不安定な再生時の知覚過敏をどう 克服するか、A特異な臨床経過、B手術時の様々な局所所見にどう対応するのかなど再生治療における問題点を列挙された。 さらに、PGA-collagen tubeの神経再生によるCRPSの再生治療は有効であるが、神経因性疼痛に付随する多彩で複雑な解決するべき新たな問題を 多数クローズアップされ、基礎と臨床から構成される本学ブレインメディカルリサーチセンターにおける集学的アプローチが必要であると締めくくられた。(文責 S.M.)




「分子脳科学に携わって−機能分子からシステムへ−」 中西 重忠所長

  

 これからの脳科学は、臨床とともに基礎的な成果をもとに、 さらなる医学的な発展を必要とするので、この学術フロンティア推進事業が、文科省に認められたことは、喜ばしいことと冒頭に述べられた。 脳科学の基礎的研究は、まだ脳の機能まで理解するまでに至っていない。ヒトの遺伝子全構造の解明により約2〜3万の遺伝子が存在し、 多くの機能分子が、個々の機能が独立ではなくシステムとして作用しており、今後の脳研究は、機能分子からシステムへの解析に展開されることが 重要だと述べられた。機能分子の実体の解明からはじまる脳研究の進展と方向性について言及された。
 生命科学のスタートの時代、遺伝子工学の手法を導入し、痛みの神経ペプチド、サブスタンスPの前駆体を明らかにされ、 構造の似たサブスタンスKも同定された。それらのペプチドの薬理作用の差異より、各々の受容体へ研究を展開、アフリカツメガエル卵母細胞を用い、 遺伝子工学と電気生理学を組み合わせた新しいクローニング法を確立され、受容体のクローニングに成功された。さらに、神経系において神経興奮を 担うグルタミン酸受容体も明らかにされた。臨床に対して基礎的な研究には、新しい方法を開発することによって、新たな展開をもたらす必要があり、 そのことによりさらなる発展があることを強調された。
 さらに、網膜の中で光の明暗の認識は、いずれもグルタミン酸によって担われているが、 その受容体であるmGluR6とAMPA受容体が異なる神経細胞に発現することによって光の明暗の識別の決定していることを報告された。発表から10年後、 遺伝性夜盲症の患者の20%にはmGluR6の遺伝子異常が発見され、基礎研究の結果が疾患に関与していることが明らかとなった。また、小脳で 運動記憶に関与する神経ネットワークにおいて、特定の神経細胞からのグルタミン酸の分泌を可逆的に阻害できるマウスを作製し、条件付け瞬目反射におけるグルタミン酸の 可塑的な作用機構を明らかにされた。分子生物学を用いた物質的基盤に加え、神経の電気的反応を電気生理学、神経細胞の多様性を形態学、さらに 個体レベルの脳機能の動物行動学などを駆使しながら脳研究を進めていく必要性を述べられた。
 最後に、生体の情報はアナログ的反応であるが、神経細胞の興奮と抑制というような誤りの少ない解りやすいデジタル的な反応に処理し、 それをうまく統合することにより、さらに情報の保持と選択的な抽出によって、神経系は高次機能を発揮することを理解する必要があると述べられた。 基礎から臨床へ訴えるような、臨床の問題をとらえるような研究に発展することを期待された。(文責 E.A.)

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