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関西医科大学第7回市民公開講座
「最近の乳がんの診断と治療」
畑埜 武彦(関西医科大学附属男山病院外科部長)
平成17年(2005年)1月15日(土)
八幡市立生涯学習センター
司 会(豊 紘 関西医科大学附属男山病院長)

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司会(豊紘・関西医科大学附属男山病院長)

 第2番目は「最近の乳がんの診断と治療」ということで、男山病院外科部長の畑埜武彦先生にお話をおうかがいします。畑埜先生は昭和47年に関西医大大学院を修了され、平成3年に関西医大男山病院外科部長、平成8年関西医大男山病院外科助教授に就任されております。それでは先生、よろしくお願いいたします。

畑埜(関西医科大学附属男山病院外科部長)

( slide No. 1 )

 これから乳癌(がん)の話をいたします。先程の久保先生のお話のインフルエンザと花粉症は流行の兆しを予測できますし、ワクチンを接種したり抗アレルギー剤を前もって飲むという予防法もあります。これからお話しする乳癌はある日突然予告もなく発見される点で先程の疾患とは全く違います。我々はいかに癌を早期に発見して早く治療を開始するか、そして快適な人生を送っていただきたいというのが私たちの望みです。早く発見すると早く治療することができますが、残念ながら死亡することもあります。癌を予防する方法は今の医学ではありません。死亡率を少なくするためには早く発見して早く治療する、そのために乳癌学会および乳癌検診学会で我々は努力しています。

  乳癌は現時点で年間約3万5000人くらいかかっています。そして年間1万人が乳癌で亡くなっています。

( slide No. 2 )

 簡単に乳腺の解剖について説明します。ここに腺房があります。それが集まって小葉となり、それが集まって腺葉となり、乳管を伝わってミルクが乳頭から出てきます。乳頭には15〜20本くらいの乳管開口部(ミルクが出てくる孔)があります。

  乳腺の周りは乳腺脂肪体という脂肪で囲まれています。この脂肪のツブツブがぜんぶしこりに見えるというので受診される方がいます。解剖学的にはこれくらいは脂肪ですので、触診は乳房が大きい方では難しく、皮下脂肪が少ない小さな方ではしやすくなります。

( slide No. 3 )

 乳腺線維腺腫、乳腺症、そして乳癌の3つが乳腺の3大疾患です。乳腺線維腺腫は20代から30代に多い良性のしこりで、40歳を過ぎてから新たにできることはないだろうと言われています。乳腺症は40〜45歳くらいにピークがあります。女性ホルモンのうちの卵胞ホルモンと黄体ホルモンのバランスが崩れることによって、乳腺に腫瘍でもなく炎症でもなく硬結ができます。私はこれを餅のようなしこりと申しております。生理の前になると張ってきて痛い、終わると楽になる、これを繰り返します。これを繰り返すと乳癌になるかと聞かれることが多いのですが、率としては非常に低い。これは非腫瘍性非炎症性の疾患で、前癌状態であるとか癌になりやすいということは全くありません。あまり大きくて痛みが強いときにはホルモン剤で治療します。

  次にきょうの主題である乳癌です。日本では乳癌は45〜50歳が最多です。アメリカやヨーロッパでは60代から多くなっています。高齢になると乳癌などないだろうと考えられますが、私の経験では最高で 100歳の方がいます。この方はもちろん健在です。そうなると、いくつになっても乳癌からは逃れられないようです。80歳、90歳になると癌にならない、ということはありません。

( slide No. 4 )

 世界各国の乳癌の死亡率を比較すると、多いのはイングランド(イギリス)、デンマーク、オランダ、ベルギー、ニュージーランド、アイルランド、スイス、カナダ、イスラエル、ドイツ、アメリカ……という順で、日本はほんとうに下のほうでした。ところが最近の女性のライフスタイルは日本でも欧米化され、発育がよく初潮が早くなったり閉経が遅くなる傾向にあります。乳癌はホルモン依存性の癌ですから、女性ホルモンも強く関係していると考えられます。日本人は比較的少なかったのですが、21世紀半ばには乳癌の死亡率は女性の癌のうち第1位になるだろうと言われています。

( slide No. 5 )

 主要死因別に人口10万人あたりの死亡率をみると、昔は結核や肺炎が多かったのですが、脳卒中や脳出血などの脳血管疾患や心疾患がふえて、1980年か1981年あたりでクロスして脳血管疾患から悪性新生物がふえてきています。悪性新生物は乳癌を含めた癌の総称で、以来これがうなぎ登りにどんどんふえています。

( slide No. 6 )

 年齢別の乳癌の罹患率と粗死亡率です。人口に対して年齢に関係なく癌の罹患はどうかというグラフです。罹患率を1975年と1994年とで比較すると、1994年にはかなりふえています。年齢別では45歳くらいでピークが一つ、そして60〜65歳あたりにもう一つのピークがあります。粗死亡率もこのように漸次ふえています。

( slide No. 7 )

 これは年齢調整罹患率といって、ある年齢に対して乳癌になった方が何人いるかを加味して標準人口から計算して出しています。年齢調整罹患率からいうと、乳癌は特にふえています。全部位でみるとここですが、乳癌はここになっています。乳癌の次に結腸癌がきています。胃癌や子宮癌は減り、乳癌、結腸癌、大腸癌はふえてきています。年齢調整罹患率では1975年(昭和50年)では人口10万人当り21.7人、1998年(平成10年)では人口10万人当り43.6人で23年間で2倍になっています。

( slide No. 8 )

 2015年を予測した癌の死亡率では、年齢で調整していないので乳癌は結腸癌より下になっています。一番乳癌を発生しやすい45〜49歳でみると、乳癌は1975年(昭和50年)には人口10万人に対して55.3人でした。ところが1998年(平成10年)になると、123.7人と倍以上になっています。

( slide No. 9 )

 2015年の女性の癌患者数を推計してみると、1番は結腸17.4%、乳癌が14.3%、その次には胃癌がくるだろうと予測されています。年齢調整をしていません。20代でも30代でも乳癌や大腸癌になる人もいますが、数だけでみるとこのようなことになるのではないかと思われます。乳癌は高い罹患率になります。

( slide No. 10 )

  乳癌はどういう方がなりやすいか、これをリスクと言っています。初産年齢と乳癌との関係をグラフにすると、初産年齢が若ければ若いほど乳癌になる率は低く、高齢初産婦ほど危険度が高くなります。全部が全部ではありませんが、調査をすると統計ではこのような結果になっています。“適当な年齢のときに赤ちゃんができて授乳をすることがいいだろう、そして高齢初産婦になると危険度が少し高くなりますよ”ということになります。

( slide No. 11 )

 次に結婚されているかどうかの調査で未婚、離別、有配偶者、死別者で分けてみると、圧倒的に未婚の方が多い。子供さんがいないこともあります。このデータはがんセンターの平山教授が1966年から1982年までかけて調査して集計して1985年に発表した有名なものです。

( slide No. 12 )

 乳癌の死亡率と脂肪摂取量にはどういう関係があるか国別に調べた有名な文献があります。女性のライフスタイルが戦前と戦後、そして現代では随分変わってきております。戦前の頃はいいものを食べていませんでしたが、最近は栄養が豊かになり、発育がよく背も高く足もすらっと長くなりました。一方、初潮が早く閉経が遅い、そうすると女性ホルモンにさらされる期間が長くなり、それが乳癌にいたずらをします。

  私が研究室にいたときには蛋白質と乳癌との関係を研究していました。つまり栄養の豊富な高蛋白食を食べさせたラットと低蛋白食のラットで発癌物質を投与して比べると、栄養の高いほうが発癌率が高い。その代わり低蛋白食ではいつまでも発育しませんが、乳癌が少ないという結果でした。同研究室の隣の人は高脂肪食と低脂肪食、それに発癌剤を使って同様の実験をやっていました。その結果、高脂肪食ではこれがネズミかというぐらい体格もよく太って大きくなり、乳癌が多くなります。一方、低脂肪食では栄養が不足していて発癌率も低いということで脂肪食と乳癌との関係は昔から言われています。

  これは人口10万人に対して1日の動物性脂肪の摂取量と乳癌の年齢別に加えた訂正死亡率(調整死亡率)をみたグラフです。イギリス、オランダ、デンマーク、カナダなどの北欧の国々では脂肪摂取量も多くまた乳癌による死亡率も高い。日本ではお茶漬けに魚の干物などを食べていた頃は少なかったのですが、最近のように動物性脂肪の摂取量が多くなってくるとこのデータも欧米化しています。

( slide No. 13 )

 これも先程の平山先生が長年にわたって調査された結果です。乳癌の患者さんの食生活について、肉を「毎日食べる」「時々食べる」「稀」「摂らない」という群に分けると、毎日動物性脂肪を摂取している方に多いという欧米と同じようなデータが日本でも出てきました。極端な話は難しいのですが、私の患者さんの中にベジタリアンの方がおられました。「主人や子供には毎日のように肉を食べさせていましたが、私は物心ついた頃から肉を一切食べていない」とおっしゃるその方が乳癌になって、地団駄を踏んで悔しがっておられました。脂肪をたくさん食べたから乳癌になる、食べないからならないというものではないのですが、統計上なりやすい傾向があることはまず間違いないだろうと思います。

( slide No. 14 )

  体重についてみると、60歳以上になって肥満指数が高くなればそれだけ乳癌の危険度が高くなるというデータがあります。60歳を過ぎると太らないほうがいいということですが、それまで肉を多く食べる生活をしていると、この結果は変わるかもしれません。

( slide No. 15 )

 人口10万人に対する社会経済階層別にみた乳癌の死亡率です。結論から申し上げると、高い階層にいる方、田舎より都会にる方、例えばキャリアウーマンの方などは気を付けなければならないというデータも出ております。

( slide No. 16 )

 乳癌は遺伝するかとよく聞かれます。遺伝子研究が進んで、家族性乳癌の家系にBRCA1、BRCA2という遺伝子が見つかっています。お母さんも乳癌だった、娘さんも4人いて3人まで乳癌になったというときに、残りの1人が乳癌になる危険率は非常に高い。この遺伝子があると20%くらいは乳癌になる率が高いと言われているので、BRCAの遺伝子を調べる方法も考えられますが、まだ一般的ではありません。アメリカでは予防医学の観点から残った1人については乳癌が発見される前に乳房切除と豊胸術をするという方もいます。あるいは抗エストロゲン剤を使ってホルモンの作用を抑えて乳癌の発症を抑える方法もされています。予防的治療について大規模な臨床試験をして効果があったというデータが得られていないのではっきりしたことは言えませんが、アメリカではしているようです。

( slide No. 17 )

 これは日本の癌と欧米の癌とは種類が違うことを示しています。日本では高分化型で癌の中でもおとなしい部類が多く、アメリカでは低分化型で悪性度の高い癌が多い。癌になる年齢も異なり、また組織型でも統計上違っています。

( slide No. 18 )

 日本人がハワイに永住すると、日本に住んでいる日本人よりもハワイに移住した日本人のほうが同じ民族でも乳癌は多くなります。これは日本人に限らず、中国人、白人、フィリピンの方でもハワイに移住すると、同じ民族でも変わってきます。ハワイは常夏で食べ物がおいしくて空気がよいと考えられるのに、なぜそうなるのか。先程の脂肪食が関係した食生活の変化ではないかと言われています。

( slide No. 19 )

 次に臨床的な話に移ります。

  乳癌の好発部位について、乳房を縦横で4つに区切ってみると、一番多い部位は腋に近い外上の1/4、その次に内上の1/4、その次に外側の下です。乳腺症でも外側の上が一番多いですね。

( slide No. 20 )

 乳腺の検診あるいは乳腺に異常を気づいて受診されると、我々はまず視診、触診から始めます。

  視診では次の点に気をつけてみています。形状では乳房の皮膚の状態、乳房の輪郭、表面が突出したりへこんだり変形があるか、軟らかなカーブを描いているか、平坦化していないかなど。発赤の有無、炎症があれば赤くなります。授乳中のお母さんではうっ滞性の乳腺炎から化膿性の乳腺炎を起こして、赤くなって中から膿が出てくることもあります。そこまで進展しないまでも、また授乳中でもないのに赤くなった場合には炎症性乳癌という特殊な乳癌を発見することがあります。これはきつくて質(たち)が悪く、乳癌があるために炎症を起こしているものです。その他に浮腫、浸潤、皮膚が破れて分泌物が滲出しているか等を視ます。

  次に乳頭をみます。左右対象にまっすぐに出ているか、片方だけ凹んでないか。娘時代から凹んでいて授乳のときに困ったというのは仮性陥没乳頭といって、病気ではなく異常ではありません。陥没しているために化膿性乳輪炎や乳腺炎を起こすことがあります。問題は、以前にはちゃんと前に出ていたのに最近になって片方の乳頭が陥没してきたという方です。また皮膚に炎症を起こして分泌液が出て上皮がなくなったびらん状態かどうかも視ます。

  触診ではしこりの有無をみます。乳腺症では硬結といいますが、そのような塊があるかどうか。しこりがあると腫瘤の性状も確かめます。表面はつるんとしているかギザギザか。風船に水を入れたような軟らかいものか軟骨様の硬いものか。ディンプリング dimpling 、えくぼのように皮膚がぺこっとへこんでいるときは気をつけないといけない。周囲の乳腺組織とひっついて固定しているかどうか。

  乳頭をつまんでみて分泌物があるかどうか。分泌物があればその性状はどうか。やけどのときの水疱にたまるような黄色い透明な漿液性か乳汁のようなものか血が混じっているか。またそれが出ているところを圧迫しながら確認します。たくさんの乳頭の開口部から出ているか1カ所かどうかもみておきます。

  腋窩を触診して、腋のリンパ節が腫れているかどうかをみます。去年、右手が腫れるので受診された男性がいました。確かに前腕から上腕まで腫れていて、おかしいなあと思って腋に手を入れると、リンパ節が梅干し大に硬く腫れています。手にけがをしている、ひょう疽(急性化膿性炎症)になっているとか、腕に湿疹があるとか、乳房の周辺に何かある等の場合に腋窩のリンパ節が腫れますが、足の傷で腋窩のリンパ節が腫れることはありません。そこで男性の乳房をみせてもらうと親指くらいの硬いしこりが見つかりました。この男性はそのことに気づいていない。

  男性にも乳癌があります。乳癌の患者さん100人のうち99人は女性ですが、1人くらい男性がいます。男性は男には乳癌がないだろうとたかをくくっているので、発見が遅くなりがちです。しこりを放っておくとそれだけ進んでいることがあり、その知識のない方はリンパ節が腫れることで見つかってきます。

  そのリンパ節はいくつあるか、3つくらいひっついて一緒になって癒合しているかどうか、大きさはどうか、表面はゴリゴリしているのか、硬さはどうか、可動性があるかなどを触診でみます。

  視診、触診の後、検査機器を使った検査をします。手順からいうと、まずマンモグラフィーです。通常の胸部のレントゲンでは撮れません。おっぱいを押さえて撮ります。その他CR(computed radiography、コンピューターを使ったレントゲン)、超音波検査(エコー)、サーモグラフィー、CT(computed tomography 、コンピューター断層撮影)、MRI(magnetic resonance imaging、磁石を使ったコンピューターの検査)、デジタルマンモグラフィー。あるいは最近ではPET(positron emission tomography)も使われます。ラジオアイソトープでラベルしたブドウ糖を注射すると、癌細胞がふえているような組織でブドウ糖を多く代謝するところに集まります。それが乳房にあるかどうか。乳癌の手術後、経過観察中に例えば5年目になって腫瘍マーカーが上がってくると、再発の有無を確認するためにも使われます。PETでは1cmあるいはそれ以下の小さなものでも描出されるので、例えば転移の可能性が認められると改めてCTを施行しますと、病変をスライス像で見ることもできます。これが一番新しいレントゲンの検査機器です。

  乳頭分泌物がある場合にはそれに血が混じっているか、癌細胞が含まれているか。乳管に小さな管を入れて造影剤を使って乳管造影をしたり、細い乳管にファイバーを入れて中を覗く乳管内視鏡もあります。マンモテックは血液中の腫瘍マーカーを測定する方法を用いて乳頭からの分泌物で測定しようという方法です。

  また悪化したびらんがあれば、そこにガラスをぴたっとあてて分泌物を付着させて、顕微鏡下にページェット細胞が見つかればページェット病とわかります。

  いろいろ検査をしてもわからないときにはやや太めの針を使って組織を採ったり、また一部を切り取って顕微鏡検査をすることもあります。

( slide No. 21 )

 これは乳癌の局所症状ですが、乳癌を疑って初めて受診される方のほとんど98〜99%までは、しこりに気づいたという方でなかには数ヶ月くらい前から症状はあったが結果を恐れて受診が遅くなったという方が多く、乳癌の局所症状の一番は腫瘤です。そのほか発赤、浮腫、皮膚の浸潤、皮膚の潰瘍化、皮膚がへこんでえくぼができた、乳頭が中に入り込んでしまった、それから分泌物が出てきたという症状が多い。

( slide No. 22 )

 これは皮膚がぺこっとへこんでいるところで、皮膚の陥凹といいます。しこりがあって、しこりを親指と人指し指で摘むと、ここにえくぼができます。これをdimpling、えくぼ症状といいます。こちらの写真はえくぼではなくて明らかに陥凹しています。こちらの写真では、こちらの乳頭は出ているのにこちら側はへこんで、乳輪の皮膚が腫れぼったくなっています。これを橙皮様所見といいます。最後は浮腫の所見です。

( slide No. 23 )

 それからこのように腫瘤が触れる場合。こちらは炎症性の腫れで全体が赤くなっています。授乳の年齢はとっくに過ぎているのに赤くなってきている場合、炎症性乳癌を考えます。次の写真は乳頭のびらんです。このように乳頭が崩れてきて湿疹様になってきます。そこにガラスをぴたっとあてて、そこにページェット細胞が確認できれば、ページェット病という乳頭、乳輪にくる特殊な乳癌と判断できます。これは血性の分泌物です。これを使って細胞検査や腫瘍マーカーの検査をします。

( slide No. 24 )

 乳頭があってここに膨瘤があります。明らかにわかります。

( slide No. 25 )

 こちらはびらんです。乳頭が崩れた状態で湿疹があります。これがページェット病、一つの乳癌です。乳癌はしこりばかりでなく湿疹様に出てくることがあります。皮膚科の先生がこの症状を診るとすぐに外科に行きなさいとおっしゃると思います。副腎皮質の軟膏を塗って治療できるものではなく、お医者さんに診断をつけてもらって、検査しなくてはならないときには外科に行っていただきます。

( slide No. 26 )

 皮膚がへこむ理由。この皮膚に腫れがあって分厚くなっている部分が癌ですが、乳房を包んでいる結合織やおっぱいを支えている乳房堤靱帯まで癌が進んでいくと、それが引っ張られて皮膚にえくぼができたようにへこんでしまいます。

( slide No. 27 )

 乳頭がへこむ場合。乳頭に向かって延びている乳管の中まで癌が浸潤すると、乳管を引っ張るのでへこむのですが、こういう状態も重要な所見です。

( slide No. 28 )

 浮腫になると、毛孔がプツプツ開いたような豚皮状を呈します。このような浮腫も危険な一つの兆候で、リンパ管のどこかが癌細胞で詰まってしまって、リンパ液がうっ滞して乳房にたまって腫れてきていることを示しています。

( slide No. 29 )

 血管の怒脹も同様に、圧の低い静脈が腫瘤に圧迫されてうっ血して拡張している一つの所見です。

( slide No. 30 )

 まず最初にするマンモグラフィーという検査は低エネルギーX線を用いた乳房の検査で、触知できないごく早期の乳癌を最も高感度に検出できます。もっといいことは微細石灰化を描出できることです。ここに白い点が見えます。このような石灰化は触診ではもちろんわかりませんし、エコーでもわかりません。また石灰化には良性のものと悪性のものがあり、マンモグラフィーから我々があやしいと思ってそこの細胞を採ってみると、しこりがなくても癌細胞を見つけることがあります。ですから厚生労働省は40才以上の女性2年に一度はマンモグラフィーによる乳癌検診を進めているわけです。

( slide No. 31 )

 こうなってくると誰でもわかります。こちら側は何もないのにこちら側には大きな白い影が見えます。

( slide No. 32 )

 これは典型な癌巣の像です。しこりの周りにウニの刺のように出ています。これをスピクラ spiculaと言いますが、このような像が出るとほぼ間違いなく乳癌だと考えます。

( slide No. 33 )

 大きな石灰化ならどなたが見てもわかりますが、ここに非常に小さい石灰化の像が白い点々になって写っています。我々乳癌専門医はマンモグラフィーを見るときには必ずルーペを使って見て、この細かい石灰化は良性か悪性かを判断します。

( slide No. 34 )

 エコーはエコーなりのいい点があります。乳腺の密度が高い方はマンモグラフィーを撮っても全体がほぼ真っ白に写って、しこりの影が分かりにくいことがあります。そのようなときにエコーをするとしこりはしっかりと写ってきます。

  マンモグラフィーは非常に値打ちがある検査ですし、エコーもそれなりに値打ちがある検査です。ところが、乳癌検診にエコーを併用しても乳癌の死亡率を減少させることができたというエビデンスがないので、厚生労働省は乳癌検診ではマンモグラフィーを優先して、エコーについては正式に指示を出していません。これはそれなりに役立つ検査法なので我々は診療にはマンモグラフィーと同様に使っています。

( slide No. 35 )

 良性であればこのように中は均一ですし、辺縁もつるんとしています。これは20代、30代に多い乳腺の良性の腫瘍、乳腺線維腺腫です。

( slide No. 36 )

 これは乳腺症の中の嚢胞です。袋ができて中に液がたまります。昔は切開してとったことがありますが、最近では穿刺して中の液を検べても切り取ってしまうことはまずしません。複数個ある方もいますし、大きい方もいます。1回抜くと30cc以上もあったという方も多く経験しています。

( slide No. 37 )

 それをエコー検査でみるとよくわかります。このしこりは均満性に詰まっていると硬く触れることもありますが、慣れると風船に水を入れたような柔らかい感覚で触れます。この嚢胞の中には水以外には何もないので、超音波をあてると嚢胞の底面が強く描出されます。これで嚢胞だと判断できます。ところが硬いしこりで中が充実していると超音波が跳ね返してしまって、嚢胞のような像は得られません。

( slide No. 38 )

 乳癌の場合、内部が不均一で辺縁も不均一な不整のしこりが写ります。

( slide No. 39 )

 これはあまり例がないので大事にしている写真です。嚢胞の中にしこりの影が写っています。穿刺してこの細胞を検べると癌細胞が見つかりました。診断名は嚢胞内乳癌です。非常に少ない率で発見される癌がエコーではわかります。マンモグラフィーではなかなかわからない、描出されない像です。

( slide No. 40 )

 ここに石灰化が点在しているのがみられます。3つのしこりがあって一側多発、多中心性だと考えられますが、……

( slide No. 41 )

 ……これをエコーで見ると、しこりとしこりとの間に黒い線が写っています。これは乳管を伝って癌細胞が広がってこのような形をとっています。乳管内進展の状態です。

( slide No. 42 )

 サーモグラフィーは最近では滅多にされません。癌細胞は代謝が盛んなので、その部分は温度が高いだろうということで使われています。5℃も6℃も高いわけではありませんが、1℃足らずの差はあるだろうと。しこりのあるところは周囲より高温に出てきます。

  夏の暑い時期には発汗も影響することがあり、また扇風機の風が当たるだけで冷たくなりますので、無風状態のところでしないといけない検査です。

( slide No. 43 )

 これは乳管造影です。分泌物が出る管に造影剤をいれると、正常ではきれいな管が写ります。これが不規則に写ると何かを疑います。

( slide No. 44 )

 こちらは乳管内視鏡です。胃カメラと同様に乳管に内視鏡を入れて中を見ます。

( slide No. 45 )

 正常であれば1本の乳管から左右に細乳管に分かれていきますが、……

( slide No. 46 )

 ……異常があると、例えば乳頭腫の場合にはこのような像が見られます。出血しやすく不規則な像があると癌が考えられます。

( slide No. 47 )

 最近ではしこりや嚢胞があると、22ゲージの筋肉注射に使う細い針で、そのしこりの位置をエコーで確認しながら液あるいは細胞を吸い出して細胞診をします。良性の細胞か、癌細胞が含まれていないか判定します。

( slide No. 48 )

 これは core needle biopsy といって針生検です。先程の針より少し太くて、針の中にそうめんのように細長い組織が採れてきます。

( slide No. 49 )

 最近ではしこりとして触れなくても、マンモグラフィーで微細石灰化、針先ほどの小さな石灰化から乳癌が見つかります。触診をしてもエコーをしてもしこりの影は写りません。マンモグラフィーでみると、石灰化が点々と乳房に無数にあり、このときにはマンモトームというものでモニターで石灰化の場所を写しながら針を入れていきます。その石灰化の部位に到達して陰圧をかけると、針内に組織が採れてきます。

( slide No. 50 )

 これを検査するとそこから癌細胞が検出されることがあります。

( slide No. 51 )

 乳癌の診断がつくと治療をします。まず乳癌の治療法の変遷について。

( slide No. 52 )

 左端は定型的乳房切除術といってかつてのスタンダードでした。1882年にHalstedが、1890年にMayerが、乳房のしこりを癌と診断すると乳房を切除し、大胸筋とその奥の小胸筋を切除し、さらに腋窩のリンパ節を郭清する方法を考えました。一方で、それだけでは不十分だろうということで鎖骨の上下のリンパ節や胸骨の横にあるリンパ節を切除する拡大手術に進んだ時期がありました。

  1950年頃になると非定型的乳房切除術が行われはじめます。早く発見して残せるものは残そうという第一次縮小手術の時期です。これは大胸筋を残して、小胸筋とリンパ節を切除します。大胸筋を温存する手術でPatey手術とも呼ばれます。

  1960年代には、そんなに進んでいなければ乳房とリンパ節は切除しても大胸筋と小胸筋を残すAuchincloss手術が考えられました。

  そして1985、1986年頃から日本でも乳房温存手術が徐々に始まって、15、16年前からだんだんふえてきています。乳房も両方の筋肉も残します。また腋窩のリンパ節も切除すると弊害があるので、センチネルリンパ節生検で転移が確認できなければ郭清を省略したりします。

( slide No. 53 )

 これは乳房温存手術をした方の術後です。たまたまこの方はここにしこりがあったので、しこりから2cmのマージンをとって円状部分切除したときの傷あとです。そして健丈部の乳腺同士を縫合します。腋窩リンパ節を切除したときの傷あとがこちら側です。

( slide No. 54 )

 術直後はこのような状態になります。かさぶたがなくなると傷あとも1本の線が見える程度になります。

( slide No. 55 )

 乳房温存手術がまだ行われていなかった時代では、この方の場合は大胸筋が残っているのでこのあたりはふっくらしていますが、大胸筋と小胸筋の両方を切除するとここの厚さがなくなります。

( slide No. 56 )

  乳房温存手術をすると癌細胞が残っている可能性があります。大きく切除しているときはこのような問題はあまりありませんでした。

( slide No. 57 )

 そのため乳房温存手術をした後、50グレイの放射線をあてる術後放射線療法が一般的になっています。これは生存率の比較ですが、乳房切除群と乳房温存手術をして放射線照射50グレイをあてた群の10年間の生存率を比較すると、再発率や生存率に遜色ないことがわかり、温存手術は切除術に代わるいい術式であるということが1989年にアメリカで発表されました。それまでに日本でも乳房温存手術が始まっていましたが、この発表があった後ふえてきています。

( slide No. 58 )

 そのことが新聞記事になりました。乳房温存手術をするためには早く発見して早く治療を開始したい。そのためには検診が大事です。

( slide No. 59 )

 これは日本の乳癌手術の術式の推移です。筋肉も腋窩のリンパ節も切除する定型手術は非定型手術が出てくるとほとんどされなくなりました。そして1980年頃からアメリカでは乳房温存手術が始まっています。日本では1985、1986年頃から始まって、1989年にアメリカで先程の試験結果が発表されたときから急にふえてきました。平成15年の乳癌学会の統計では、筋肉を残す非定型の術式より乳房温存手術のほうが多くなっています。アメリカで乳房温存手術が始まった頃、日本ではまだ定型か非定型かが議論されていた時代です。平成3、4年頃に非定型手術がピークになり、アメリカで発表した頃からこの方法も減りはじめて温存手術がふえてきています。日本は10〜15年くらい遅れています。男山病院の去年のデータでも50%近くは乳房温存手術になっています。

( slide No. 60 )

 乳房温存手術はどのような方に適応か、医学的な適応条件があります。一般的に医学会で言われていたことですが、乳房温存手術を始めた当初、1986年頃はしこりは2cm以下、乳頭からの距離は3cm以上、腋窩のリンパ節転移がないことが条件にありました。最近では3cm以上、石灰化が広範にあること、術前の検査で乳管内進展が疑われるもの、複数のしこり(多中心性、多発病巣)がある場合はやめておこうという除外条件があります。その他に、放射線が既に照射されていた病歴がある場合、皮膚疾患や膠原病などが併存していて放射線照射ができない場合なども考慮します。患者さんが乳房温存手術を希望しない場合は当然ですが、インフォームドコンセントの際に切除術で同意が得られた方でも、「お嫁にいくわけでもないので切除してください」というものの、手術当日になると温存手術を希望される方がいます。「温泉でも何も気にせずに入浴できました」とおっしゃいます。私は温存手術後には必ずといっていいほど術後放射線療法をしていますが、例えば寝たきりであるとか車椅子で病院まで25日間通院することができない場合などは家族と相談して、あてていない方もいます。手術に際しても高齢であるとか、合併症が強く予想される方で全身麻酔ができないときには局所麻酔ですることもあります。

( slide No. 61 )

 先程適応は3cm以下と申し上げましが、5cmでも乳房温存手術をしてほしいという方がいます。そういう方には危険率が高くなることをご承知の上で術前に化学療法を行います。これは術前に抗癌剤を使って5cmのしこりを3cm位まで小さくして手術をする方法です。そういうふうにしてやった方と早期に発見して2cmのしこりで抗癌剤を使わずに治療した方との間で再発率を比較したデータは出ていませんが、極端なことを言えば、5cmのしこりが小さくなったといってもその周囲に癌細胞が残っていることがあります。放射線をあてることによって皮膚障害が出てきたり、肋骨が折れやすくなったり、乳房が硬くなったり、前から当てると奥に肺があるので肺を避けるように斜めに当てていますが、肺にかかるとレントゲン性の肺炎が出ることもあります。

( slide No. 62 )

 いいことばかりではないのですが、残せるなら残してほしいと希望される方がふえてきています。今までの定型手術にしても非定型手術にしても、神経と血管の重要なものを残して脂肪組織とリンパ節を切除して、リンパ節が25個あればそれを全部顕微鏡検査に出していました。リンパ節郭清にもいい点がありますが、リンパ節を切除するときにそばを通っている細く枝分かれした上腕内側皮神経に触って、その先の感覚が鈍くなったり知覚異常になったりすることがあります。またリンパ管を流れていたリンパ液が流れにくくなって、リンパ浮腫が起こり、それが腕のむくみとなって現れてきます。顕微鏡検査に出した例えば25個のリンパ節が陰性とわかる場合もあります。

  そのようなことから、残せるなら残そう。そのためにセンチネルリンパ節生検をします。しこりの周囲あるいは乳頭の下に色素を入れると、その色素はリンパ液に乗って流れて、最初に到達したリンパ節が染色されます。これがセンチネルリンパ節です。sentinel、門番ないし前哨になるリンパ節です。そのリンパ節に転移が確認できなければそれ以上のリンパ節郭清をしないようにしています。色素では正診率は80数%と低いので、放射性同位元素を使った錫コロイドを注射して、同様にセンチネルリンパ節に集まった錫コロイドをガンマープローブを使って検知してセンチネルリンパ節生検をすることもあります。

  リンパ節郭清をしなかった場合、後々のことも懸念され、センチネルリンパ節生検で郭清が省略できるという成績は明確ではなく、今は研究をやってそのデータを集めている最中です。リンパ節郭清による合併症を考えると、センチネルリンパ節だけを切除して、そこに何もなければそれ以上の郭清はしないというのが、まだ一般的ではありませんが確かにその流れになっています。これまでリンパ節にいくつ転移があるかによって化学療法をするか、するならどの程度の強さの抗癌剤を使うか、点滴か経口かなど術後療法を変えてきました。郭清数が少ないとそれが不確実になる可能性もあります。

( slide No. 63 )

 進行再発癌については簡単に。

( slide No. 64 )

 このような癌があります。ここまで放っておくとどうなるのか。

( slide No. 65 )

 治療をするとこのようになります。

( slide No. 66 )

 この方の治療は血管撮影をしながら抗癌剤を腫瘤に流れている動脈内に注射をする方法で、癌をこのように小さくできました。これも術前に抗癌剤を使う一つの方法ですが、乳房温存手術は適応できなかった例です。

( slide No. 67 )

 乳癌検診について。日本では1950年頃から癌検診をしていますが、ある都市のある一部でしかやっていませんでした。老人健康法が制定された1982年から日本全国で始まり、まず子宮頸癌、胃癌が適応になり、1987年から肺癌、乳癌、子宮体癌が加わりました。さらに1992年に大腸癌が始まりました。

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 乳癌検診では視触診が中心で、対象年齢は30歳以上です。世界各国を見ると日本で検診が行われ始めた頃より10数年前からマンモグラフィーを導入しています。日本はそれだけ遅れています。2003年に第三次対がん10カ年戦略として厚労省は老健法を改正して、2005年(平成17年)中には各市町村で乳癌検診にはマンモグラフィーを併用するように予算を確保しました。

( slide No. 69 )

 現在の日本にはマンモグラフィーの機器が約3000台あります。その精度管理を日本放射線医学会で調べると、3000台のうち使用基準を満たしているのは半分ではないかと言われています。この機器を各市町村に配置するように予算をとっていますが、マンモグラフィーを誰が撮るか。それはもちろんレントゲン技師ですが、乳房軟線撮影の講習会と試験を受けて合格した人が撮らないと、技術的な上手・下手、現像の上手・下手があります。また画像の読影にも講習と試験を受けて認定されたマンモグラフィー読影医が見ないといけない。きれいな画像が得られてもそれが正しく診断に結びつかないと困ります。小さな針先のような石灰化も白い影も写るような精度を確保するためには、機器のテストが何カ月かごとに必要です。機器も撮影する技術も現像する技術も大事です。また触診も読影も、習熟した先生がやるのと卒業したての先生がやるのとは違います。そのための訓練を受ける機会が日本では遅れています。視触診単独でする場合やマンモグラフィー単独でする場合よりも、視触診とマンモグラフィーを使ったほうが癌の発見率が高まります。

( slide No. 70 )

 マンモグラフィーはX線撮影だと申し上げましたが、乳癌の精密検査法の一つです。検診にも用いることができます。

( slide No. 71 )

 マンモグラフィーを撮影する際には厚い層を写真にするので、8〜10kgというかなりの圧で乳房を押さえつけます。ですから撮影をされた方は乳房が赤くなった方もいるかと思います。いい写真を撮ろうとするとこうなってしまいます。

( slide No. 72 )

 検診をしてさらにマンモグラフィーによる精密検査を受けて乳癌とわかるのは1000人に1人です。この1人を見過ごすよりもやはり見つけたい。精密検査が必要となるのは5%、さらに治療が必要になるのはこのうちの2%です。つまり全体では平均すると1000人に1人が乳癌と診断されるような率です。それは市町村によって違います。八幡市でやっている検診の結果を集計すると、700〜800人毎年検診を受けて、癌が発見されるのは1人か2人です。

( slide No. 73 )

 乳房は月経と関係があり、生理の前になると張ってきて痛いと感じることがあると思います。視触診をするときも生理が終わって4〜5日後がいいと思います。レントゲン撮影もこの頃が痛みもなく乳房の大きさも違うので、マンモグラフィーを撮る際に押さえても、その痛みが軽減されます。

( slide No. 74 )

 いつもと違う症状があれば迷わず医療機関を受診してください。検診にかかる費用は市の一部負担があるので、市によって個人の負担額が違います。それでも検診を受けて、問題があればマンモグラフィーの検査を受けるほうがいいと思います。厚労省の方針では40歳以上の方は2年に1回マンモグラフィー検診をしましょう、30歳代の方は乳腺密度が高いので、視触診かそれにエコーを加えた検査をすることになります。30歳代ではマンモグラフィーを撮っても死亡率を減少させたというデータがありません。

( slide No. 75 )

 マンモグラフィーはこのようにして8〜10kgの圧で押さえます。縦横の2方向から撮りますが、検診では費用の面で1方向だけです。1方向で全体の画像が撮れるように斜位から撮ります。

( slide No. 76 )

 乳房温存療法ができなくてこのような傷になっても、最近では形成外科が十数年前から発達して、お腹の筋肉を乳房のところにもってきたりシリコンバッグを埋め込んで生理食塩水を入れて膨らませたり、乳房形成や再建はほとんどわからないまでにきれいにできます。15年くらい前に受けた手術でもそれは可能です。ただ筋肉の移動をするというのは、もとの場所での筋肉の働きを犠牲にすることになります。

( slide No. 77 )

 手術も大事ですが、癌は術後のフォローが大事です。消化器系の悪性腫瘍と違って乳癌の進展の経過は長い。消化器系は5年が一つの目安になっていますが、乳癌の場合は5年経ったからいいだろうというのは禁物です。10年くらいは必要です。私の臨床の経験でも、12年経っても15年経っても血液中の腫瘍マーカーが急に上がってくることがあり、検査してみるとどこかで再発していることがあります。決して盲腸のような一度きりではない、こういう病気は手術も大事ですが、後々経過観察することが大事だと言っています。

( slide No. 78 )

  術後療法について、不幸にも再発される方がいます。大きなしこりは手術で切除したり、希望により乳房を温存したりしますが、近くの別のリンパ節に転移していたり、癌細胞がリンパ管を伝って鎖骨の下や鎖骨の上などに転移をしていたり、浸潤癌といって基底膜を破ってしまうと癌細胞は血管の中に入ってしまいます。そうすると頭の先から足まで血液循環に乗って散らばってしまいます。これを遠隔転移といいますが集まりやすい臓器が統計上わかっています。一つにはフィルターの役目をしている肺や肝臓、その他肋膜、骨などがあります。臨床的には肺が多いのですが、死後剖検すると肝臓にも意外と小さい転移巣が見つかります。小さい癌細胞が手術後12年間も潜んでいて、12年間この癌細胞はどうしていたのかとこちらが尋ねたいぐらいです。目に見えない癌細胞をやっつけようというのが術後の補助療法です。

( slide No. 79 )

 それにはいろいろな抗癌剤を1剤だけでなくて、普通は2、3種類の抗癌剤を併用します。

( slide No. 80 )

  乳癌は女性ホルモンのうち卵胞ホルモン(エストロゲン)に依存した癌です。閉経前で生理がある方はそのホルモンが卵巣から分泌されているので、手術して卵巣を摘出することも行われた時代がありました。近年医学も進んで、脳下垂体から分泌されている刺激ホルモンの働きを抑える薬があります。月に1回の注射で治療期間は2年くらいですが、その間は生理が途絶えます。その後、閉経になる年齢でなければ生理は再開します。

  閉経後になると、卵巣は働いていないから女性ホルモンが分泌されていないかというとそういうことはありません。副腎から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)が脂肪組織にあるアロマターゼという酵素に変換され、エストロゲンができています。この合成過程をブロックする薬もあります。血液中を循環しているエストロゲンに対して、抗エストロゲン剤を飲んでエストロゲンが癌細胞に入っていかないようにする方法など他の癌と違って乳癌の術後補助療法には内分泌療法があり、大いに高く評価されています。

( slide No. 81 )

 私がいつも申し上げていることは、乳癌再発が見つかっても「Never give up!」です。絶対にあきらめることなくトライしてください。最近ではHER−2という遺伝子蛋白質という癌の増殖に関係するものでその蛋白質の 発現が癌細胞にあるかないかを染色して調べて、その過剰発現がある方にハーセプチンというモノクローナル抗体を点滴すると、癌細胞をやっつけることができます。その遺伝子蛋白質は乳癌の患者さんの20〜30%くらいにあります。このような薬も最近では開発され保険も認められています。新しい薬が開発されてきていますので、絶対にあきらめてはいけません。

( slide No. 82 )

 自己検診について。乳房は自分で検診ができます。胃癌検診のようにできないものではありません。お手元の資料を参考にして、月に1度、閉経前の方は生理が終わって4、5日目くらいにやってください。

( slide No. 83 )

  例えば円状に触ってみる、つまんで分泌物が出ないかどうか、乳頭が中に陥凹していないかどうか。自分で一番やりやすいと思う方法で自己検診をすることが大事です。

( slide No. 84 )

 腋窩のリンパ節を見るときは、手を腋にまっすぐ入れて、降ろすときにちょっと曲げます。ここがいつもと違うと感じたらリンパ節が腫れているかもしれません。

( slide No. 85 )

  乳癌検診を受けていただくことも大事ですが、月に1度は自己検診をお勧めします。男性の方にも乳癌があることを知っていただくことと、会場の男性の方々は帰宅されましたら奥様に自己検診の大切さをお伝えください。ご静聴ありがとうございました。

 

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