関西医科大学第9回市民公開講座
「腰痛について」
赤木 繁夫(関西医科大学附属滝井病院整形外科助教授)
平成19年(2007年)2月3日(土)
関西医科大学附属滝井病院本館6階臨床講堂

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  赤 木(関西医科大学附属滝井病院整形外科助教授)

  私は整形外科の立場から腰痛について簡単に基本的なことをお話ししたいと思います。ここに来られた皆さんはどこか痛いんでしょうね。今までの人生で腰が痛くなったことがないという方はいらっしゃいますか。あの方はすごいですね。おいくつですか。(82歳です)。

(レジュメの1枚目上左図)

 国民生活基準調査による統計は日本人の皆さんが何をどれくらい訴えているかを有訴率で表しています。一位はもちろん腰痛です。腰痛の有訴率は1000人あたり96.5人、10人に1人は今腰痛があると感じているということです。人生の中で一度や二度痛くなったことがあるという方が7、8割います。有訴率で2番目に高いのは肩こりです。肩こりが病気かどうかわかりませんが、こうやってイスに座って話を聞いているだけで肩がこってきますね。3番目は関節痛、4番目は咳・痰、続いて体がだるい、鼻水、頭痛と続いています。このように今日のテーマである腰痛を含む“痛み”は日本人の訴えの中心であるということがわかります。この後、福永先生から舌痛について話をされますが、それはさすがに珍しいようです。いずれにしても“痛み”を訴える方が非常に多い。

  上位3つの腰痛、肩こり、関節痛は我々整形外科が扱う領域です。ところで皆さん、整形外科はどこを扱っている科かご存じですか。1つは脊椎。腰が痛い、頸が痛い、背中が痛い、骨粗鬆症という問題もあります。2つ目は関節の病気。リウマチで膝が痛い、五十肩などです。3つ目は手足の外傷。骨折すれば整形外科で手術をすることになります。手足の骨折、外傷、交通事故。4つ目は手足の腫瘍。ドラマになるような骨肉腫は思春期の年齢がなる病気で、皆さんの年齢ではありませんが。5つ目はリハビリテーション。そして小児整形。いろいろな変形を持った子どもさんの矯正にもあたります。最近は手の手術だけでも専門医がいます。

  皆さんがここにいるということは生きています。心臓は動いていますし、呼吸もしています。生きていくために絶対に必要な臓器を生命臓器と言います。我々整形外科は頸の病気から足先の外反母趾まで非常に広い範囲を扱っていますが、生命臓器は除きます。そうすると我々が扱っている領域は何かというと運動器です。この会場には歩いてあるいは車で来ていると思います。朝起きるとまず歯を磨く、お尻をふく、顔を洗います。例えば顔を洗うにしても肩と肘がそれぞれ動くことが必要です。生きていくためには必要ではないけども、日常生活には必要な動作です。それを大きく言えば運動器と言います。脊椎から神経に指令が行って筋肉や関節が動き、骨で支えるという運動器全般を扱っています。それが整形外科が扱う領域とご理解いただきたいと思います。

  英語では冗談で整形外科のことを‘carpenters of the body’体の大工さんと呼んでいます。実際にはそうではなくてorthopedic surgeryと言います。そもそもの意味をご存じの方は少ないと思います。orthoは矯正するという意味です。矯正装具のことをorthoticと言います。pedicは小児です。小児科はpediatricsです。orthopedic surgeryは「子どもを矯正する外科」というのが本来の整形外科の意味です。

  1746年、フランスの内科医がorthopedicsという言葉を作りました。当時はポリオ、くる病、カリエスなど脊柱・四肢・関節の変形を持った子どもが多く、それをいかに矯正するか、いかに子どもをまっすぐに育てるかということから始まります。それが整形外科の原点です。

  ところが今や高齢化が進んで、高齢者がどんどん増えている。運動器が痛んでくるので、高齢者の痛み中心の外科になっています。もともと小児の関節の変形を扱う科でしたが、今では高齢者の運動器の外科に変わってきています。その中でも腰痛は大きな主訴の一つです。我々の外来にも1〜2割の方が腰が痛いと訴えて病院に来られます。皆さんにもそういうことがあると思います。

  基本的に知っておいていただきたいことは、背骨はどういう構造をしているかということです。前方には椎体という骨があり、後方には蝶々のような突起があり、真ん中に孔が開いて、中を神経が通っています。この模型では黄色が神経で、骨と骨との間をつなぎ止めている水色の部分が椎間板です。後ろにも関節があります。頸から腰まで、支える骨の部分と動かす椎間板の部分とが繰り返し構造になった一種の積み木ですね。

  ただしまっすぐな積み木ではありません。腰椎は前弯しています。どうしてもこういうカーブになっているかご存知でしょうか。皆さんがお母さんのお腹にいたときはうずくまった「C」のカーブをしています。生後3カ月くらいになると頸を持ち上げてきます。これによって頸に前弯ができます。1歳くらいになると歩きだします。それによって骨盤に対して腰をぐっと持ち上げるために腰にカーブができます。結果的に胸椎は後弯してきます。だから「S」のカーブとなります。

(1枚目中左図)

 もう一度言いますと、頸の骨は前に反っています。胸椎は後ろに反っています。腰椎は前に反った構造になっています。腰椎は積み木ではありますが、まっすぐな積み木ではありません。非常に崩れやすい積み木で、前に崩れようとします。それを支えているのは椎間板であり関節であり筋肉なのです。

(1枚目上右図)

 この上に小さい文字で「我々の腰椎は前弯カーブを持つ、そのことが腰痛に影響している」。青色の腰椎は前弯と行って前に反った格好をしていますから前にストレスがかかる構造になっています。だから腰痛が起こってきます。そういう意味では腰痛は二足動物の宿命といえるかもしれません。我々は二足歩行になることによって手が使るようになりいろいろなメリットを得ることができました。話せるようになり頭も大きくなりました。しかしながら、犠牲にしたことも少なくありません。立ちくらみ、頭痛、肩こり。大きな脳味噌を支えているのですから当然肩こりもあります。四つ足なら腸管は水平になりますが、それを無理やり立たせているわけですから、胃下垂もあれば鼠径ヘルニアもあり、脱腸もあり、痔もあります。その中でも最たるものが腰痛です。整形外科的な病気です。考えてみると、大きな体を小さな足で支えているわけですから、膝も腰も痛くなります。しかも二足動物で、前弯すれば滑りやすい。

  そのカーブをどうしたらいいか、腰痛にならないためにどうしたらいいか。それは前に倒れすぎることを防ぐこと、過前弯にならないことに尽きます。二足動物で骨盤を起こすから腰椎は前弯となりますが、骨盤が前に傾斜することを防ぎます。

  そのために何が大事か。腰椎のカーブを支えている一つは腹筋です。お腹の力がしっかりしていて、腹圧があるかどうか。空気がないタイヤはものすごくクッションが悪いのと同様に、我々は腹圧を張らして腰を支えています。腹筋を鍛えて腹圧をしっかり維持します。逆に背筋が硬くなるとだめですね。硬くなりすぎると今度は収縮して腰椎の前弯が強くなります。腹筋が弱くなると腰椎の前弯が強くなりますから、腰を支えている背筋は十分に伸ばして、腹筋は鍛えて収縮させることが基本になります。

(2頁中左図)

 それ以外に足の筋肉も非常に重要です。例えば股関節を曲げる筋肉は太股と腰に付いています。これが短くなると引っ張られて腰が前傾になります。骨盤と足に付いているお尻の筋肉が弱くなると骨盤が前に倒れます。いずれも立ち上がろうとすると過前弯が生じます。だから腰椎のカーブはその周囲の筋肉によっても非常に影響されます。

  背筋を伸ばすと腰椎の前弯を防げます。逆に背筋が曲がると腰のずれが強くなってS字カーブが強くなります。だからまず背筋を伸ばす。頭を上にもっていくことで腰椎の過前弯を防ぐ。お腹に力を入れる。もう一つはおしりのあなを締める。臀筋を収縮させると骨盤の前傾が防げます。基本的な姿勢は背筋を伸ばす、お腹に力を入れる、腰に力を入れる。そうすると過前弯が防げます。一日中そうしていることもできませんが、ここでも椅子にだらっと座らずに背中をちょっと浮かしてお腹に力を入れるように、そのカーブが大事だと理解した上で腹筋を維持するように意識しながら日常生活を送ることが大事です。

  右の絵は基本姿勢を示しています。背中が曲がると腰椎が前弯するから腰が痛くなります。繰り返しになりますが、背筋を伸ばしてお腹に力を入れる。臀筋を収縮させて骨盤の後傾位を維持します。それから膝を曲げる。股関節を曲げる筋肉が強く緊張するのを防ぎます。このへんは皆さん意識されると思います。真ん中の姿勢が悪いのはわかりますね。基本姿勢を習得するためには右図のように壁に背中を押しつけることで腰椎の過前弯、つまり腰椎が前に過度に湾曲しているのをとる練習をします。こういう姿勢を維持することが重要です。

(2頁中右図)

 この絵では、足の位置でも腰椎の前弯のカーブが変わることを示しています。例えば皆さんが立って作業をするとき、無意識に足をちょっと挙げるでしょう。それで股関節を曲げる筋肉(腸腰筋)を緩めて腰椎の前弯をとっています。この筋肉が張りすぎると肩こりのように腰がこります。少し曲げて作業をするために10cmくらいずらすのは台所でも実際にされていると思います。逆にハイヒールを履くと腰が痛くなります。若い人は決してそう言いませんが、ハイヒールを履くと腸腰筋が緊張して骨盤が前に倒れます。だから腰椎の前弯が強くなります。

(2頁下左図)

 座っているときもそうです。正しい前弯があります。膝と股関節が90°、90°に曲がった正しい姿勢が大切です。ところが高い椅子に座ると骨盤は前傾が強くなるので、腰椎は逆に立ち上がりのためにその前弯が強くなります。その場合は台を置いて骨盤の関係を正しくします。また足を組むと腸腰筋を自然に緩めますから楽になります。それで腰椎の過前弯を防いでいます。疲れて眠るときも前弯をとる方法にするほうがいい。簡単には股関節を曲げればいいんですね。痛いときは自然に海老のような格好をしています。

(2頁下右図)

 もう一つぜひ理解していただきたいことがあります。腰を中心にバランスの崩れが腰椎への負荷を増強させます。体の真ん中には心臓のような臓器があり、我々の体を支えている背骨は体の後ろのほうにあります。そのため体の重心(中央点)は背骨より前にあります。そのままだと前に倒れてしまいますが、そうならないように腰椎を中心に後ろの筋肉を緊張させて支えています。腰椎を支点にしてシーソーの原理で、体の重心を後ろの筋肉でバランスをとっています。

  腰にかかる負荷はどれくらいか。腰椎から体の重心、腰椎から背中の筋肉までの距離を1対1とすると、2の力が腰にかかります。ところが中腰にすると体の重心が前にずれますから、当然3対1になれば腰椎に4の力がかかります。

(3頁上左図)

 荷物を持つときもごく自然にそう動いています。手を伸ばして持つと支点(腰椎)までの距離が長くなるので腰に負担がかかります。ですから荷物を持つときには必ず腰に近づけて、この距離を短くすることで負担を減らしています。持ち上げるときもそうです。中腰で手を伸ばして持ち上げることは少ないと思います。距離が長くなると重心が遠くなるのですごい力がかかりますから。膝を曲げて体に近づけて荷物を持ちます。腰を中心としたシーソーのバランスを考えることも大事です。

  雑誌から引用した腰痛体操の写真をスライド資料の後に付けています。骨盤傾斜はなかなか理解しにくいと思いますが、腰背部を床に押しつけるように腹筋に力を入れます。寝て骨盤をぐっと後ろに傾斜させます。腰骨が反っているのを床に押しつける体操です。これを骨盤回旋運動posterior pelvic tiltと言います。二足動物は骨盤が前に傾斜しているので、腰椎の過前弯を矯正するストレッチ。次に膝を引き寄せて背筋をストレッチします。背筋に十分に柔軟性を持たせます。その他、下肢を壁やドアに傾けて足の筋肉をストレッチしたり、お尻を上げてお尻の筋肉を鍛えます。

  これらはどの本にも書いていることです。基本は腰を支えている筋肉に柔軟性をもたせること、筋力を付けること、それから過前弯にならないようにシーソーのバランスを考えて日常生活を送ること。日常生活では立って座って寝るということを繰り返しています。その中で腰の位置や腰にかかる負荷をどう考えるかということは重要なことです。

  もう少しだけスライドを使って説明します。

(1頁中左図)

 腰骨は前弯していますが、頸から腰まで基本的には同じ構造です。椎体があり、それを支えている椎間板というクッションがあり、後ろには棘突起、椎間関節、靱帯があり、ここで動かして、ここで支えています。

  それぞれのところにいろいろな病気があります。姿勢の問題だけなく椎間板はよく動かすところなので、レントゲンを撮れば皆さんの腰椎も相当傷んでいるはずです。それでも腰痛がありませんが。その飛び出した椎間板が神経を触る椎間板ヘルニア、変形して狭くなる狭窄症という病気もあります。みのもんた氏の腰痛は整形外科医にとって衝撃的なことで、あの手術をしたのは私の友人です。紅白歌合戦の司会をした後入院して9日には退院しています。特殊な手術をしたわけではなくて、ここを削る手術です。骨の病気としては腫瘍、炎症、外傷など、私も手術をたくさんしてきました。

(1頁中右図)

 1992〜2001年の統計では椎間板ヘルニアは20代、30代の若い人に多く、皆さんの年齢になると腰部脊柱管狭窄症がふえてきます。実際は腰が痛いと訴えて来院される人のうち手術になる人はどれくらいかというと、極めて限られています。大多数は姿勢を治すなど日常生活を改善したり保存的治療で改善していきます。我々は手術を要する患者さんの治療で目一杯で、腰痛症の方を治療する機会はどちらかというと少ないです。

(1頁下右図)

 ここで、腰痛はあくまでも症候名であって診断名ではないことを知っておいてください。いろいろな病気が原因となって腰痛が出ている可能性があります。中井教授の意図するところはこのあたりだと思います。つまり我々の領域では変性症、感染、腫瘍、骨折などを治療していますが、痛みは中枢神経や生体の化学物質などで感じているわけですから、他科疾患で腰痛という症状が出ている場合。消化器、泌尿器科、婦人科では生理のたびに腰が痛くなる子宮内膜症、腎結石もあり血管の病気でもあります。

 

(2頁中左図)

 壁にぐっと押しつける姿勢、これが腰椎の正しい姿勢です。

(3頁中左図)

 腰痛体操の話をしましたが、毎日歯磨きをするように“腰磨き”もしてください。正しい姿勢を維持すること、筋力を維持すこと、太りすぎないように。

(3頁中右図)

 急性腰痛症に対して“ぎっくり腰”という言葉が日本にはあります。ドイツ語では“魔女の一突き Hexenschuss”とおもしろい表現をします。ぎっくり腰も理解しやすいですね。英語ではこのようなイキな言葉はありません。Acute low back painとかstrained backとか表現されています。実際に腰が痛くなるとどうするか。結局安静にして治まるのを待ちます。その前にそうならないように筋力を鍛えることが重要だと思います。

(3頁下右図)

 どういう腰痛になると病院にかかったほうがいいかということですが。夜寝ていても痛い。どんどん悪くなっていく。急性期の3週間を過ぎても痛い。じっとしているだけで痛い。足がしびれる、尿が出にくい、発熱など全身症状がある。このようなときには受診することを勧めます。

  ヘルニアと狭窄症の手術のビデオを持ってきました。腰痛の診断は非常に簡単にできます。MRIでみると、骨があって椎間板があって骨があって椎間板があります。これが神経です。神経の周りの水が白くきれいに写っています。神経は衝撃から守るために脳脊髄液の中に浮いています。脳も1.5kgくらいあって浮遊した状態です。正常の椎間板もきれいにこの水分と同じように写っています。ところがこの椎間板は真っ黒です。文字通りblack discです。これが神経にさわって痛いと感じるのが典型的なヘルニアですが、最近ではこの状態ではなかなか手術をしません。

(ビデオ)

 その手術です。顕微鏡下で後ろから神経を傷めないようによけながら切除します。ここに出ているヘルニアがあって、歯医者さんと同じようにこの骨を削っていきます。ここにヘルニアがあります。靱帯を外しています。

  黄色靱帯があり、さらに進むと馬尾神経が見えます。靱帯をとっていきます。我々は手術では非常に気を使いながらやっています。ここに神経の枝が見えてきました。真ん中の神経が写っていますが、真ん中の神経があって枝があります。神経をそーっとよけてヘルニアを出してきます。椎間板にメスを入れると、クッションが飛び出してきます。それを引き抜いて終わります。狭窄症ではもう少し大きな手術になります。これは基本的な手術で、こういうふうにして手術はされています。

  最後に昭和7年の滝井病院です。古くなっていますが、今でもこの建物は残っています。関西医大は歴史のある大学で、昭和7年からもう80年近くになります。当時の国立大学は女人禁制でしたから、男しか医者になれなかった時代です。全国で女性が医者になろうとすると、関西医大と東京女子医大の2施設しかなく、多くの優秀な医師を目指した女性が集まってきたと聞いています。これは当時の写真で、病院から煙が出ています。この古い建物は実は大学のここにあります。皆さんはこの建物の6階にいますので、帰りに見てください。平成18年に主病院は枚方に移転しましたが関西医大の歴史を示す滝井病院も今後益々地域の医療に貢献したいと思っております。

  ありがとうございました。