関西医科大学第9回市民公開講座
ペインクリニックについて
田口 仁士(関西医科大学附属滝井病院麻酔科助教授)
平成19年(2007年)2月3日(土)
関西医科大学附属滝井病院本館6階臨床講堂

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 田 口(関西医科大学附属滝井病院麻酔科助教授)

(スライド1)

 ペインクリニックという診療科についてご存じの方もおられると思いますが、あまり詳しくはご存じないと思います。ここで簡単に説明しておきます。

(スライド2)

 ペインクリニック、ペインは痛み、クリニックは診療あるいは診療所ですから、ペインクリニックを訳せば痛みの診療、疼痛外来と訳されます。いろいろな痛みを専門的に扱っています。

(スライド3)

 ペインクリニックで診療する医師は日本ペインクリニック学会認定医です。多くは麻酔科医あるいは麻酔科出身の医師が担当しています。痛みの診断と治療を専門的に行っていますが、主に神経ブロックという特殊な注射療法を用います。残念ながら麻酔科医は日本で数が不足しています。平素はさまざまな手術に接し、手術疾患を熟知しています。麻酔の技術を持って、それを生かして痛みの診療を行っています。

(スライド4)

 神経ブロックは麻酔と違うのかと問われることもあります。それは違います。麻酔には全身麻酔と局所麻酔があり、主に手術や処置のために一時的に神経を麻痺させます。神経ブロックは傷んでいる組織を改善させるために行います。ですから目的が違います。

 神経にはさまざまな種類があります。自律神経には交感神経と副交感神経があり、痛み等を感じる知覚神経、筋肉を動かす運動神経があります。その中の交感神経を抑えて、血管を拡張させ、傷んでいる組織の血流を増加させます。そして痛みを伝える知覚神経を抑えて痛みを和らげます。この2つの効果が傷んでいる組織を改善させて痛みが治っていきます。

(スライド5)

 ではどういうふうな痛みの疾患がペインクリニックの対象になるか、代表的なものを挙げてみました。(1)癌による痛み、(2)血流が悪いために出てくる虚血性の痛み、(3)帯状疱疹、(4)手術後の長引く痛み、(5)さまざまな外傷性の痛み(医原性の傷害も含みます)などです。

 癌疼痛については後ほど治療も含めて説明します。一般的に癌は浸潤や圧迫によって痛みが生じます。具体的には脊椎に癌が転移して背中や腰が痛くて夜間目が醒めるとか、胸や腕が痛いので調べてみると肺癌が見つかることもあります。お腹の奥あるいは背中のほうが何となく重く痛いというときには膵臓癌だったということもあります。この場合にはやはり正確に診断することが非常に重要になってきます。

 2番目の虚血性の疼痛とは、例えば心臓の筋肉を養う冠動脈が狭くなるあるいは閉塞すると狭心痛が生じます。このように血流が悪くなったときに酸素不足に陥って痛みが出やすい。それは手足の先でも一緒です。膠原病、動脈閉塞症、糖尿病でも痛みが出てきます。

 帯状疱疹は、特に高齢者で帯状疱疹による発疹が治っても痛みが長く続くことが問題になります。これは帯状疱疹ウィルスで皮膚がやられているだけでなく、皮膚に分布している神経が脊髄の近くまでやられていることが後々痛みが続いてしまう原因になっています。帯状疱疹は頭にもできますし足にもできます。

 手術後の痛み。例えば肺の手術後、食道の手術後のように開胸手術では肋間神経を損傷することが多く、開胸術後肋間神経障害をよく経験します。頸部の悪性腫瘍ではある程度神経と筋肉を切りますので、神経を傷害したための痛みが出てきます。それに加えて筋肉の量が少なくなり、残った筋肉が一生懸命頭を支えなければならないので、頸の筋肉の緊張状態が生じてきます。

 外傷性として交通事故がかなり多く、労働災害、医原性のものもあります。整形外科の手術をした後、なかなか痛みがとれない患者さんもいます。医療現場で起こるさまざまな神経損傷は痛みがとれにくく慢性化しやすい。簡単に言えば末梢神経が敏感になった状態と中枢でも同じように敏感になった状態とが合わさって痛みの記憶が起こるので、痛みが治療によってもなかなか消えないのです。

(スライド6)

 疼痛を部位別でみると、まず頭痛・顔面痛ですが、神経ブロックで治療することがよくあります。ちなみに顔が痛いと顔面神経痛とはいいません、正しくは三叉神経痛です。

 頸肩腕等の痛みは非常に多く、肩こりで仕事に集中できない、不快感が強い方も多い。そのときには非常に細い針で低濃度の薬液を頸と肩の何カ所かに注射をするだけで随分楽になります。それは血流がよくなり、痛みに敏感になった状態が改善されて、緊張していた筋肉がほぐれるからです。

 腰背部痛。これには整形外科的な疾患が入ってきます。椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、骨粗鬆症で圧迫骨折を伴うものなどが一般的です。そこに悪性腫瘍の転移や結核性カリエスが紛れていることもあり、注意が必要です。

  下肢の痛みには坐骨神経痛が多い。坐骨神経は腰椎の4番、5番、仙椎の1〜3番、この5つの神経が合わさってお尻から足の側面あるいは後ろを通って足先までいっています。その坐骨神経の根部が何らかの原因、例えば椎間板ヘルニアで下肢痛が生じている場合、腰椎の神経に薬をちゃんと滲み渡らせる治療が必要になります。
 胸痛や腹痛ではペインクリニックの適応になるものは比較的少ないようです。

(スライド7)

 痛みを主訴とするさまざまな疾患で患者さんが来院されますので、その正しい診断は重要です。どの神経がどのように傷んでいるか、その原因は何かということを我々は正確に把握するようにしています。例えば神経が圧迫されているのか、炎症なのか、血液の流れが悪いのか、糖尿病など代謝異常によるものか、神経損傷に伴う複雑な複合性局所疼痛症候群という難治性の痛みか等を検討します。

 末梢神経が何らかの原因で傷んでいると、その痛みは脳に伝わって認識されます。その影響はまたその周囲の大脳辺縁系にも及びます。いろいろなところにその痛みの悪影響が出て、それが固定された状態になってしまうことがあり、心理的な痛みの増強も当然あります。

 ただ急性の痛みは何かの危険信号の可能性があります。例えば虫垂炎で腹膜炎を起こしてお腹が痛い。その痛みを注射療法で取るのは非常に危険です。危険信号として出ている痛みをなくしてしまうと診断を誤り、病状を進行させてしまいます。

(スライド8)

 痛みの悪循環について説明します。痛みの原因があり、最初は知覚神経がそのために興奮して脊髄を通って脳に伝わって痛いと感じます。その一方で、痛みを伝える知覚神経は他の神経に影響を及ぼして、この刺激は脊髄の中の交感神経と運動神経を興奮させます。交感神経が興奮すると血管は収縮し、運動神経が興奮すると筋肉の緊張が増大します。この2つでこの神経が支配している組織の血流が非常に悪くなります。そして組織は酸素欠乏の状態に陥って、プロスタグランジン等の痛みを増強させる物質を産生することになります。その物質がまた知覚神経の末梢を刺激して、脊髄へ、脳へ、ぐるぐると痛みの悪循環が形成されます。それで治りにくい。この悪循環は脳にも当然いろいろな影響を及ぼします。

 最初の痛み刺激で脳が痛みを認識しても、その痛いという情報が長くあるいは非常に強く常に伝わっていると、当然痛みから苦悩、疼痛行動へと心理精神的な面に影響を及ぼしていきます。慢性痛が心理・精神に及ぼす影響はかなり大きいと言わざるをえません。それがまた末梢に降りてきていろいろな悪影響を神経系に及ぼしていきます。

(スライド9)

 大脳は末梢の痛みがを脊髄を通ってきて感じますが、さまざまな部位でその痛みを強くしたり弱くしたり、その伝達は決して単純ではありません。弱くする機構も脊髄の中にあります。脳幹から脊髄に降りてくる下向きの痛みの抑制系があり、非常に強い痛みが入ってくるとこれが働いて、刺激が強いまま脳に上がっていかないように調節する作用が脊髄の中で働いています。これが破綻すると強い痛みが脊髄にどんどん入ってきて、そのまま脳に行ってしまいます。神経損傷の場合、末梢神経と脊髄が痛みに対して敏感な状態になりやすいのです。

(スライド10)

 痛みの治療をする場合、我々はただ痛みをとればいいとは考えていません。痛みをとることが確かに最初の目的ではありますが、痛みをとってその方の身体的な活動性だけでなく精神的な活動性も含めて改善することが非常に重要だと考えています。治療に際して生活の質はどうかと、「夜痛みがなくてよく休めますか」「食事はおいしいですか」「気分はどうですか」「元気が出ますか」というようなことを聞いているのもそこを気にしているからです。単にじっとしていると痛みがないということではいけない、活動性が改善されないと治療の目的が達せられません。

(スライド11)

 ペインクリニックでの治療方針です。

(1)特に疾患と症状にあった神経ブロック療法を行います。

(2)難しい痛みに対しては、薬物療法を併用します。最近では痛みの成り立ちに合わせたさまざまな薬が出ており、病態にあった薬を投与するようにしています。

(3)個人個人で痛みも違えば性格も違うので、その人に最もあった痛みの治療法を見つけていく必要があると思います。

(4)痛みの治療は私どもが治すだけでなく、患者さんと一緒に治していくことが非常に大切になります。患者さんにも日常生活でさまざまな工夫をお願いすることもあります。

(5)我々の診療科よりもむしろ他の診療科で治療するほうがいいと判断した場合、あるいは診断が難しい場合には専門の診療科に紹介します。共同で治療することも結構あります。

(スライド12)

 痛みの治療法についてざっと見ると、薬を飲む方法が一般的で簡単です。注射も例えば静脈注射の場合はすぐに効いてきます。しかしいずれも薬効成分が全身に広がり、薬が必ずしも必要なところに十分届いてくれない。錠剤は消化管から吸収されいろいろなところに分布するので、副作用も出やすいと言えます。

 神経ブロック療法はターゲットとなる悪いところを集中的に治療します。薬が効かせたい部位にとどまって作用するというのが一番のメリットです。痛みが手術で切除しないとどうしても治らない場合、あるいは悪性腫瘍のように手術をしなければならない状況であれば当然手術をしたほうがよい。

(スライド13)

 注射といってもさまざまな注射があります。簡単な皮下注射から難しくは大きな手術の局所麻酔で腰にする脊髄クモ膜下麻酔まで。虫垂炎や下腹部や下肢の手術ではこの腰椎麻酔をします。局所麻酔は苦痛なく処置をしたり手術をしたりすることが目的です。ところがトリガーポイント注射と神経ブロックは注射すること自体が治療になります。トリガーポイント注射というのは押さえると硬くて痛い部位に注射をします。それだけでかなり楽になることが多い。

(スライド14)

 注射は嫌いな方がほとんどですから、なるべく痛くないようにするという技術が我々には求められています。27G(ゲージ)は外径が0.4mmの非常に細くて短い針です。トリガーポイント注射ではこれを使います。採血になるともう少し太くて22Gくらいの針を使います。なるべく細い針でていねいに注射をすると組織損傷が少なく、さほど痛くありません。ただ脊椎の奥のほうに注射をする場合には目盛り付きのやや太めの針を用います。そのまま注射すると痛いので、局所麻酔をしてからブロック針をゆっくり進めます。

 薬にはそんなにたくさんの種類はありません。局所麻酔にも使うキシロカインやカルボカインという薬の他に、ごく少量のステロイドも使います。リンデロン(成分名ベタメタゾン)は一番小さいアンプルは2mgですが、我々が使う量はその1/4で0.5mgというごくわずかです。それで効果が出ます。患者さんの痛みや状況にあわせて最も適切な針と薬を用います。

(スライド15)

 代表的な神経ブロックに硬膜外ブロックがあります。この図は腰椎と仙椎の模式図です。硬膜という膜に囲まれて髄液という透明な液がたまっています。その中に脊髄や脊髄から出てくる馬尾神経があります。硬膜外ブロックはこの硬膜の外側に薬を注入して拡散させます。直接脊髄に入れるわけではないのですが、脊髄から出てくる神経根に薬が行き渡ります。例えば椎間板ヘルニアで圧迫されていると、そこに薬が広がって効くと同時に交感神経が遮断され、下半身の血流が非常によくなります。かなり広範囲の血流がよくなるので、痛みの原因になっている組織の改善を早めます。仙骨と尾骨の間に仙骨裂孔といって骨に孔が開いており、ここから細い針を入れて薬を上に広がらせて足腰の痛みを治療することもあります。硬膜を抜けて髄液のたまっているクモ膜下腔に細い針を進めて薬液を注入することもあります。痛みの程度、疾患によってさまざまな注射療法があり、その代表が硬膜外ブロックです。

(スライド16)

 これは実際にやっているところです。患者さんには背を向けて横になっていただきます。痛み止めをまず打ってブロック針を入れていきます。ゆっくり抵抗を確かめながら硬膜外腔まで到達させます。ただ硬膜外腔は幅が5mmくらいしかありません(腰部の場合)。深さが5cmで、この5mm幅に針先を止めないといけない。ですから手術場で麻酔の技術を十分に習得した者でないとできません。

(スライド17)

 頸部にところに星状神経節といって交感神経が集まっているところがあります。その交感神経節に薬を注入して神経をブロックする方法です。この星状神経節には腕や頭や顔や胸の上半分に行く交感神経が通っていて、いわば交感神経の交通の要所です。そこに薬を入れることによって非常に広い範囲の血管を広げて血流をよくすることができます。血流が改善して、手や顔がほかほかしてきます。当然合併症に注意する必要がありますので、これもきちんと訓練した医師でないとやってはいけません。

(スライド18)

 外来診療でだいたいの痛みの治療ができますが、それでも治療が困難な場合には入院していただいて、より高度な神経ブロック療法をやります。例えば一時的に意識と呼吸をとって治す方法や硬膜外腔に電極を入れて電気刺激で痛みをとる方法などです。交感神経に対して神経破壊薬を使用して長期間持続的に血流をよくする方法は入院でないとできない治療ですし、適応を選んでやっています。

(スライド19)

 これはちょっと狭いのですが、ペインクリニック外来です。スタッフも親切でよく動いてくれて、随分助かっています。

(スライド20)

 患者さんについて、みんなで治療方針や診断について検討しています。カンファレンスには研修医や学生も参加するようにしています。

(スライド21)

 癌の痛みについて。3人に1人は癌で死亡するほど癌患者数は多い。その内、進行癌で強い痛みを持つ患者さんは30%くらいいます。鎮痛薬にモルヒネが一般的に使われますが、モルヒネを使っても痛みがとれない患者さんがペインクリニックに紹介されてきます。癌疼痛を治療をするときに、第一段階はここまで、第二段階はここまでと目標設定をします。まず夜ぐっすり眠れることが一番です。その次はじっとしていると痛みがほとんどない段階、そして少々動いても痛みがそれほどない段階へと。その治療の過程で不快な症状を押さえ込むことができ、生活の質が良好に維持されることが非常に大切です。

(スライド22)

 これは8年前から我々が始めた癌の痛みに対する新しい治療法です。これを始めるまではモルヒネ等が効かない患者さんの痛みの治療に困っていました。この方法ではリンデロン(ステロイド薬)を生理的食塩水に溶かしてクモ膜下腔に腰から注射します。方法は比較的簡単ですが、特に脊椎に転移した癌の痛み、脊椎の周囲の癌の痛みに非常に効くことが分かってきました。しかも、現在のところ副作用がありません。足がしびれることもなければ気分が悪くなることもない。今もこの方法で治療している患者さんがいます。ただ新しい方法なので患者さんの話を聞きながら今後も続けていきたいと思っている治療です。

(スライド23)

 モルヒネがほとんど効かないか副作用があって治療が続けられない患者さん70名を対象にこの方法の治療効果を調べてみると、1回の注射で一週間その痛みが半分以下になる人が約4割います。その方たちの痛みはこの治療によって半減しています。また4週間いろいろ工夫しながら痛みの治療をしていくと、半分以上の方が痛みが半分以下になっています。

(スライド24)

 最も大事なことは鎮痛効果だけでなく、活動性がどうか、気分がどうかということです。治療前後で比べると、活動性も気分も明らかに良くなっています。痛みをとると同時に元気を回復することが大切だと思います。ただ病状は進行するのでなかなか難しいことですが、なるべく動いて元気に生活していただきたい。

(スライド25)

 去年の日本ペインクリニック学会の教育シンポジウムでの発表内容です。ペインクリニック自体はまだまだ社会に浸透しているとは言えませんが、これからどんどん広がっていくだろうと思います。今インターネットなどで社会一般にペインクリニックについて、痛みの治療について正しく情報を伝える試みが始まっています。皆さんや社会や他の診療科の人たちが我々にどういうことを求めているか、痛みで苦しんでいる多くの患者さんをどういうふうに診療するか、問題は残っています。麻酔科医自体がまだ少ないのでペインクリニックをやる医師も少ない。しかし痛みの治療は今後ますます重要になってくると思いますので、しっかり頑張りたいと思います。