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関西医科大学第9回市民公開講座
腹痛、胸痛、舌痛などについて
福永 幹彦(関西医科大学附属滝井病院心療内科助教授)
平成19年(2007年)2月3日(土)
関西医科大学附属滝井病院本館6階臨床講堂
司会 中井 吉英(関西医科大学心療内科学講座教授)

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 福 永(関西医科大学附属病院診療内科助教授)

(スライド1)

 初めから聞いていますと、だんだん何とも言えない雰囲気になってきます。うちの学生に比べて集中力も違うし気力もあるなあと。お疲れでしょうね、聞いているだけでも随分疲れます。通常は3時間も座ったままということはありません。授業でも1時間から2時間が限界です。講演でもその間に休憩を取ります。ですから今やっていることは医学的にも正しくないかもしれません。ちょっと伸びをしましょう。……これ以上のストレスがないくらいで缶詰になって延々3時間続いています。あと30分くらい私の話を聞いてください。

(スライド2)

 ここからの話は皆さんの意見を聞きながら治療をしていくという内容ですから、今まで先生方の話を聞いていてお医者さんらしくていいなあと思うくらいです。腹痛・胸痛・舌痛の話ですが、時間の関係からそんなにたくさん話ができません。

  腹痛と言いますと、胃潰瘍もあれば胃癌もあり大腸癌もあり、お腹の大きな病気はたくさんあります。だけどもお腹が痛くて病院に行っても、おそらく多くの方は「大したことない」と言われたり、「大きな病気はありません、癌も潰瘍もないですよ」と言われた体験がある方もいると思います。お腹が痛いのに大した病気が見つからないときには、私たちも言います。随分不思議な気がしますが。

  胸痛では心臓だと思うところがギューッと痛い。これは危ないと思って病院に行って、先生方も初めは怖がって心電図を採ってああだこうだと検査をしてくれますが、一連の検査が終わると「大したことない」、「大丈夫だ」と。でも何が大丈夫かよくわからない。心臓が痛むのに大丈夫とはどういうことか。

  舌が痛いと、この症状を訴える方はそう多くはいないと思います。舌は見えますので、どうもないということが本人でもわかります。でもピリピリ痛い。耳鼻科に行っても口腔外科に行っても大したことない。でもものすごく痛い。舌が痛いという話を私以外の人がしているのを聞いていると、だんだん舌が痛くなってきたことがあります。よく感じてみると、舌がピリピリ痛い。「舌は口の硬い中を動き回っているので、いつもちょっと傷ついている。だから痛いと思えば痛いものだ」と言われました。

  この3つの症状ですね、原因がはっきりしない持続する痛みがあることはよくあります。

(スライド3)

 これは医者になった頃から持っていた疑問です。「痛みとはいったい何なのか」「痛いと病気があるのか」。痛いのに何もないと言われるわけですから。「気持ちやこころは影響するのか」。たいがい言いますね、「神経やで。あまり気にせんとき」。でも痛いから気になる、気にしたら痛いと感じるのか。ほんとうにそうなら気にしないほうがいいだろう。

  わかっていることはそんなに多くはありませんが、少しずつ話をいたします。

(スライド4)

 痛み(傷み)という言葉を昨日『広辞苑』で引きました。5つあって(1)肉体的な苦痛。これは普通の痛みですね。(2)なやみ、悲しみ。痛みはそういう感情を伴う言葉です。(3)破損、きず。「屋根の---がひどい」。やはりものが壊れたり潰れたことを指しています。(4)腐敗。「りんごに---がくる」確かにそうです。(5)物質的、金銭的な損害。この5つのうち4つまでが、どこかが壊れたというイメージですね。痛いとどこかが壊れるという感じを持っても当たり前だと思います。

(スライド5)

 これは急性腹痛で英国のリード総合病院の救急外来に駆け込んだ人たちを調べた結果です。お腹が痛いという主訴ですが、その人たちを調べると病気がわかった人は何%かいますが、結局はわからなかった人は50%います。すごいことですね、お腹がものすごく痛い、それも急性痛ですからいつも痛いわけではない。そこで病院に駆け込んだのに5割の人はわからない。

(スライド6)

 医者も半分はわからないという現実をわかっています。どうしてそうなるのか。先ほどの疑問のうちの一つ、痛いと病気があるのか。「ものすごく痛いからこれは潰瘍に違いない」「以前に潰瘍になったときより痛いから癌に違いない」、ほんとうにそうか。潰瘍や癌はもっと軽い病気より痛いのか。

  これはいかにも痛そうな潰瘍です。ところが健診をすると全く症状のない潰瘍に何度も出会います。癌も健診で見つけることがあります。ということは痛くない潰瘍や癌がたくさんあるということですね。

  もう一つ、皆様方もご存じのように最近はモニターを見ながら胃カメラをしてくれます。この検査をすると、癌かどうか調べる必要がありますから、たいがい生検といって鉗子を持って組織を引きちぎってきます。やらない人はほんとうに健康な胃の持ち主で、少しでもおかしいと疑えばほとんど生検を実施します。

  引きちぎられたときに痛かったという経験を持っている方はいらっしゃいますか。そういう方がたまにいるかもしれませんが、通常は生検をするときは麻酔もしていません。実は胃は鈍感な臓器で、鉗子で引きちぎっても痛くない。もし痛いと感じるならどこか過敏になっている可能性があります。2mmくらいの組織を採ってきますと、モニターでは出血しているのに痛くない。口の中でそんなことをすると飛び上がるほど痛いので訴えられます。

  先ほど伊東先生は脳は痛くないとおっしゃいましたが、胃も腸も消化管は実はすごく鈍感な臓器でほとんど痛くない。食道には温度センサーがありますが、‘喉元過ぎれば熱さ忘れる’。喉を過ぎるとセンサーがありませんからどんなに熱くても痛く感じません。そういう臓器が相手なんですね。

  そうすると胃が痛いとは何か。実はよくわかっていません。お医者さんは知っているだろうと思うかもしれませんが。僕は消化器専門ではないので、消化器専門の人たちが集まって胃潰瘍の話をしている場で先生方に「潰瘍で胃が痛いのはなぜですか。胃が痛いのはどういう理由ですか」と聞いたら、「そんなもんは知らない。穴があいているから痛いんだろう」。「穴があいても痛くない人がいます」。「そうだなあ……」。専門家でもわかっていないことがあるのだと。これは少し古い話ですから、最近はそんなことはないかと思いますが。

(スライド7)

 お腹が痛いというのはおそらく腸が痛いからでしょう。患者さんはここが痛いと押さえてきます。便通とも関係があるのですが、そこが痛い。バリウムを飲んでレントゲンを撮りました。1、2、3、5、7、24時間後の像です。その結果、3時間後から24時間後までほとんど動いていません。そういう意味では便秘型の腸の動きですが、本人が痛いというところにすごく強い攣縮(れんしゅく)、痙縮(けいしゅく)が起こっています。どうもこれが痛かったようです。よくなったときの像を見るとこの攣縮がなくなっています。これだけで説明できるわけではありませんが、いろいろな症候からどうも消化管が痛いというのはきゅっと縮んだりぐっと伸ばされたりということが起こったときに初めて痛みが出るようだということがわかりました。

(スライド8)

 胃や腸が痛いのはぎゅっと縮んだり伸びたりすると痛いのではないか。潰瘍があるから痛い、癌があるから痛いというわけではない。そうすると次の問題です。気持ちやこころは痛みに影響しますか。これはどうでしょうか。これを認めると厄介ですね。「お前は気持ちが弱いから負けているんだ」ということが成り立ってしまいます。

  体が症状を感じるときに少なくとも2つの次元、2つの方向で考えてみてください。これは医者ではない方の話です。1つは医者が扱う生物学的側面。実際に癌や潰瘍ができていたり下痢をしたりその機能がおかしいという体の異常。先ほど痛みの伝達経路とその変容が慢性の痛みに影響しているという話がありました。それも生物学的側面の要因です。

  2つ目は認知的側面。実際に感知した例えば10なら10、8なら8、5なら5の痛みをどんなふうに感じるか、どのように重大だと感じるか。その感知した強さは実際の信号とはあまり関係ない。

  例えば胃が痛いとします。自分は50歳。俺のおやじは50歳のときに胃癌で死んだとすると、そのときの痛みは5の痛みですむかどうか。5の痛みならほんとうは病院には行かないのに、俺のおやじは50歳で癌になった、ひょっとしたらと思ったら5の痛みですまない。
同じように腸が痛い、下痢をする。これくらいのことは昔からあった。ところがあすは一番大事な仕事で、途中で失敗するわけにはいかない、遅刻もできないというときにお腹が痛くなった。そのときの痛みは2か3の痛みであっても絶対にあかん。そう思ったら治さないといけない。

  その認知的側面は同じような痛みでも考え方、感じ方に違う条件があるだろう。実際の痛みの信号とその認知だけでなく、それ自体をどう考えるか、人間独特のものがあるだろうと言われています。認知的側面が痛みそのものに影響するかどうかは別にして、痛みが気持ちやこころに影響しています。

(スライド9)

 消化管の機能面から認知の話をわかりやすく描いてみます。人間ですから胃の動きはよくなったり悪くなったり、機能はいつも変動します。通常は正常認知閾値の幅、だいたいこれくらいが正常です。あるときは下痢をし便秘をしても、この範囲ならいつものことだと思っているんですね。ところが便秘が3日になり4日になり、下痢が3日なり4日なり続くと、正常な認知閾値を逸脱することが多くなって、便秘や下痢がひどくなったと機能異常を感じます。

(スライド10)

 ところがこの正常認知閾値の幅が本人の中で狭くなってきます。先ほどの例で言えば、親父が死んだ年齢だと思ったとき、あすは大事な仕事が控えていると思ったときには正常だと思える範囲が狭くなってきます。そんなに機能は変動していなくてもやはりおかしいと思ってしまう。それが認知的側面です。

(スライド11)

 身体機能の異常だけでなく認知機能に異常があると、やはり痛みを異常だと感じるようになるだろう。

(スライド12)

 認知の問題以外に心理的なものが影響するだろうと言われています。これは私たちのところでやった研究です。胃は1分間に3回くらい、20秒に1回くらい収縮します。その胃の動きを心電図のように皮膚からとることができます。これは胃の動きそのものではなくて胃の電気的な活動です。

  胃電図をとっている間に赤いところで暗算をしてもらいました。1000から7ずつ引く引き算をフルスピードでするという作業です。そのときの胃電図はこのようにすごく乱れてしまいます。これを嘘でさせても変化ありませんが、暗算したときだけ動きが変わります。急性のストレスをかけると胃の動きが変わると言えます。

(スライド13)

 次にこれはストレスではなくてリラクセーションの試験です。冒頭で息をゆっくり吐いて脱力してもらいましたが、そのようなリラクセーションをやったとき、胃酸の酸度がpH2の強酸からpH6くらいの中性に近くなってきました。このようなことも起こりますので、先ほどの認知の他にもストレスやリラックスというのはどうも胃の機能に直接影響しているようです。

(スライド14)

 このような試験から、痛いからといって痛みに見合った目に見える病気、例えば癌や潰瘍があるとは限りません。単独の原因になることはない。まず気持ちだけで起こる病気はない。他に何か原因があれば間違いなく影響するでしょう。

(スライド15)

 ここからきょうの問題です。腹痛と胸痛と舌痛と3つも話さなければならないので早くやりたいと思います。腰痛や頭痛は結構長く慢性の痛みになりやすいのですが、腹痛と胸痛と舌痛、これらの痛みは長く続く痛みにはなりにくいと思います。ときどき痛い。長く続く痛みになっているときには機能的な問題や心理的な影響がかなり出ていると考えます。

(スライド16)

 先ほど赤木先生が同じような図を出されました。これはアメリカの例で1992年に外来を受診した患者さんの主訴の統計です。腰背部痛がダントツに多いです、確かに。次は膝の痛み、運動器系の痛みです。3番目は腹痛、4番目は頭痛、5番目は胸痛です。多くはこのような症状で病院に来ています。頭痛がもっと多いかと思いましたが、日本とは違うかもしれません。日本ではもう少し腹痛や頭痛が多いかと思います。はっきりした日本の統計がなかったのでアメリカの統計を提示しました。この中の腹痛の胸痛について。

  「腹痛」

(スライド17)

 先ほど触れましたが、救急でなくても腹痛で消化器外来を受診する人の50%は専門家でもわかりません。ほぼ半分の人は原因がわかりません。そうすると胃、十二指腸、腸、食道あたりの機能的な問題が多いだろうと。その他には潰瘍、胃炎、腸炎、悪性腫瘍などがありますが、機能の問題がどうも半分くらい。これはどの疾患でもおそらく同じだろうと言われています。機能的というのは今から説明いたします。

(スライド18)

 機能性胃腸症functional dyspepsiaは医者もあまり聞いたことがない病名ですから覚える必要もありません。胃や十二指腸が機能上の問題で痛む病気で、見た目には潰瘍も炎症も悪性腫瘍も何もありません。症状は上腹部痛や食後のもたれ感で、潰瘍や癌の症状や強さでは全く見分けがつかない。痛いから癌というわけではない。痛みでは全くわかりません。この症状の患者さんのおよそ半数がこの病気なので、当然癌や潰瘍より圧倒的に多い。

  これまではおそらく神経性胃炎という言い方をされたと思います。もう一つ上の世代では癪(しゃく)と言ったと思います。癪は急性の上腹部痛だそうです。今の病名では胆石が多いだろうと考えられています。急性の胃の症状も含まれているかもしれません。それを止めるのが芍薬でした。芍薬は今でも急性の痙攣を止める薬ですので、よく効いたのだろうと思います。

(スライド19)

 機能性胃腸症の病態はいろいろ言われています。胃がちゃんと排泄できていない、うまく食べ物を受け止められないなど細かい研究がされています。だいぶ解明されてこのような病態が明らかになってきたのでしょう。原因はどうも一種類ではなさそうです。

(スライド20)

 一つの研究結果です。胃の中に風船を入れて風船を膨らませると、患者さんのほうが風船が小さい容積で痛いと訴えます。これは痛み刺激ではなくて胃壁が伸びることに対して敏感になっていることがわかってきました。

(スライド21)

 これはうちでやった実験です。うまく食べ物をこなすことができるかどうか、胃の蠕動運動をみたデータです。

(スライド22)

 実際にやってみると患者さんで蠕動運動が落ちています。しっかりとこなせていません。グラフにするとそれが胃の症状と相関しています。症状の強い人ほど蠕動の協調性がよくない。どうも胃の機能が落ちていて、胃壁の痛みの閾値が早くなっているのが大きな要素らしい。

(スライド23)

 症例を提示します。実際の症例とはかなり改変しています。

  58歳男性です。お腹のあたりが一日中熱い、痛いと訴えています。食事とは関係なく、病院ではびらん性胃炎だとか慢性膵炎だと言われ3年間治療していますが、よくならない。かなりひどかったです。

(スライド24)

 58kgあった体重は3年後には50kgまで落ちています。最初は胃が重いとか痛いとか訴えていて、カルテ上では胃炎かと思っていました。とりあえず薬を出してみますが効きません。内視鏡検査や超音波検査をやっても大したことない。神経質な患者さんだと思いながら、効かないので薬を増やしてみます。それでも効きません。

  精神的なものか神経かと、デパスやドグマチールという抗精神薬や抗不安薬を出してみますが、これも効きません。そこで検査をもっとやってみました。軽い膵炎が見つかり、膵炎かと安心して膵炎を治療するための薬を追加しましたが、よくならない。睡眠不足が出ると、そのための薬を重ねます。薬がどんどんふえて3年経つとこのような状況になってしまいました。医者も手の打ちようがない。そこから心身相関解明のための共同作業が始まります。

(スライド25)

 そこでこの患者さんに聞いてみると、いろいろな背景がありました。生まれた直後にご両親が亡くなって養母に育てられ、11歳で養母を胃癌で亡くしています。15歳で大工として働きはじめ、よく働いたので親方から認められ、仕事の上では成功しました。発症直前に工務店が倒産してしまいます。58歳になって‘働かざる者食うべからず’、とにかく働かないといけないのに胃が痛くて働けないということがストレスになっていたようです。若い頃から病気を知らず、運動が大好き、性格も明るく、通院は初めて。病気になってから情けなくなったとおっしゃっています。ごく普通の一生懸命に生きてこられた方です。別におかしいことはなく、何かあるとすれば幼少の頃から苦労されたということくらいです。

(スライド26)

 治療の細かい経過は省きます。うちで治療していてもなかなかよくならなくてたいへんでした。でも半年から1年経過するうちにだんだんと症状が改善してきます。いつも痛かったのが痛くない時期がわかってきます。そのときはどうかというのを外来で話をしながら、だんだんと改善してきます。そうこうしているうちに薬は減って、最終的になくなりました。その状態で胃カメラをするとびらん性胃炎が残っています。膵炎を調べると膵炎も少し残っています。

  この人は典型例だと思います。症状があってもひどいわけではない。かといって何もないから治らないというものでもない。薬は効くのか効かないのか。解釈が難しいのですが、薬は効くのですが、効くように使わないと効かないというのが一番大きかったと思います。

(スライド27)

 治療のときに使ったセルフコントロール表です。胃の症状、気分、食欲、睡眠、歩いた運動量があります。几帳面な方でしたので、これを全部きちんと書いて持ってきてくれました。そうするとこんなときによくなって、こんなときには悪くなるということがだんだんとわかってきます。それをもとに自分でコントロールしていった患者さんでした。

  「胸痛」

(スライド28)

 まず心臓が痛いような気がするというので来院されます。アメリカのデータですが、胸痛を主訴とする患者さんを調べてみると一番多いのは胸壁の筋肉痛です。このあたりを押すと痛いという人が随分多い。これは骨格筋で運動器系の痛みで、肋軟骨炎は赤木先生の守備範囲かと思います。これが実は胸痛の中では多い。この痛みは痛いのはここかなあと場所がわかるくらいですから、心臓の病気と間違うことは割と少ない。

  ところが逆流性食道炎はギューと痛かったり焼けるように痛かったりします。しかも心臓に近く、心臓の病気と鑑別するのが難しい症状です。胃の内容物が逆流して食道が痛む症状がこの下の狭心症の10%よりも実際に多い。この食道痙攣も多い。実際には食道消化管由来が20%もあって、心臓由来の胸痛は15%と少ない。食道の病気は心臓疾患との鑑別が極めて難しく、医者であってもすぐには鑑別がつきません。まず命にかかわる心臓を考えて、心臓疾患ではないことを確認した後に考えます。逆流性食道炎、食道痙攣の頻度が高いことは覚えていると役に立つかもしれません。

(スライド29)

 食道由来の疾患は食道そのものが痛みを感じやすくなっていることにあります。ギュッと締まることに対して圧を感じやすくなっています。食道の収縮が起これば痛みを強く感じます。そのきっかけがどうも胃酸の逆流らしい。

(スライド30)

 症例を提示します。65歳男性で胸痛、憂うつ感で受診されました。この方は2年前に狭心症で病院に担ぎ込まれて、冠動脈を広げるPTCAという治療を受けています。その痛みを経験しているので、あの痛みだということで本人も見分けがつきません。ところが循環器の先生が診ると、心臓ではないようだと言われて心療内科を紹介されました。いろいろ調べてみると、実際に心臓ではなかった。

(スライド31)

 身長、体重等にはほとんど問題はありません。食道の透視をすると食道と胃がつうつうになっていて、すぐに逆流しています。寝た姿勢でレントゲンを撮っても逆流しています。24時間管を入れて酸度を調べるとすごく高い。全部の時間のうちの12%の時間、胃酸が食道に入ってきています。正常は5%以下ですから、これは非常にひどい逆流症です。

(スライド32)

 実際に胃酸が逆流する病気には胸痛が随分多い。この場合、心臓の病気ではないことをまず確認する必要があります。そうでなかったときに食道の症状だったということがよくあります。他に食道の痙攣、食道癌、収縮異常もあります。4%ですからそんなに少ないわけでもない。これは診断が難しく、消化器専門でも消化器の運動について詳しくないと診断がつかないと思います。特徴は胸のあたりに強い痛みが起こります。

  「舌痛」

(スライド33)

 そんなにたくさんの患者さんを経験したわけではないので簡単に進めます。舌痛は舌の先や縁がヒリヒリ、ピリピリ、焼けるように、しびれるように痛いと表現されます。舌に器質的な異常がない。見た目には何もなく、組織も大丈夫、癌の恐れもない。小さい炎症があるという先生もいますし炎症はないという先生もいます。あっても大したことがないはずですが、患者さんは痛いと訴えます。おそらく感覚閾値の問題が絡んでいると思います。何かに熱中していたり食べていると大丈夫と言われることが多く、中高年の女性に多いのも特徴です。舌痛症を経験された方は少ないと思いますが、聞くと随分嫌な症状らしい。歯の痛みはすごく嫌ですね。どうも顔面のこのあたりで痛いと、他のところが痛いのと比べて何倍も不快なもののようです。そうすると、気にしないでいなさいと言われてもそう黙ってもおられない。気になります。どうも舌痛症はとらわれやすい症状の部位だと言えます。

(スライド34)

 最近わかってきたことがいくつかあります。先ほどの逆流症は胃酸が食道に戻ってくるという話でした。舌痛症はその胃酸が口まで戻って、その酸が舌を荒らして症状を出している。痛いという他に苦いとよく言われます。そういう症状の人の中には逆流症の方がかなりいると思います。もう一つ、見た目ではわからないようなカンジダ症の患者さんが随分いるようです。僕はここまでは診断できませんが。先ほど口は硬い入れ物だと言いました。歯で囲まれた硬い入れ物だから、そこを舌が動くといつも傷だらけだという方がいます。それにこだわるかどうか。でも傷がつきやすい部位だとは思います。

(スライド35)

 舌痛症の症例を提示します。最近受診された73歳男性です。2年前から舌の先三分の二がしびれるように痛い。口の中はいつも苦い感じがしますが、耳鼻科や口腔外科では何もないと言われた。安定剤と痛み止めを飲んでも効かない。よくよく聞いてみると、2年前に仕事を辞め、認知症の奥さんがいて、将来は不安だと言っています。それぞれの細かい関係は説明しませんが、この方はどうも逆流症によるものです。毎晩酸っぱいものが上がってきて、口が苦いと言っています。まだ診断はついていません。

(スライド36)

 ここでまとめます。腹痛・胸痛・舌痛をまとめるのは難しいかもしれません。持続する腹痛で強い症状でも機能的なものが多い。胸痛、特に心臓を疑うような痛みでも食道由来のものがあります。循環器科でそうでないと言われたら食道の疾患を考えてもいいかもしれません。舌痛は症状の不快感が強くてとらわれやすい。とらわれているからだめだと思い込むのは間違いだと思います。治療のしようがあり、小さいものでも治療すればいいだろうと思います。

  きょう取り上げたそれぞれの痛みは、お医者さんから認めてもらいにくい、何もないと言われやすい痛みです。訴えの仕方にもよりますが、そういうことがあっても言えないというのではなくて、こういう症状だとわかってもらうようにしなければならないかもしれません。

(スライド37)

 少しの異常と機能的、心理的な障害で構成されます。少しの異常というのは潰瘍もない癌もない、医者の目からすると機能的な少しの異常という意味です。

(スライド38)

 薬物療法には実は効果があります。私たちの治療の例でも薬物の効果はあります。逆流症の治療薬には酸を抑える効果があるのですが、あるのがわからないことが多い。それも覚えて帰ってもらいたいと思います。自分で日常生活を改善をする。

  医療者向けには薬物は有効なんですが、機能的なものなので効果の判定が実は難しいと話しています。身体の治療薬、抗精神薬、制酸剤にしても治療効果はあるのですが、初めのうちは非常にわかりにくい。症状が慢性化して本人もよくわからないことがあります。薬を飲んだから治ったという単純な相関にはなりにくい。日常生活による薬物の変化を患者さんとよくみていきましょうと言っています。使ってどうなったかをよくみます。かなり時間がかかりますが、見ているうちにわかってきます。

  患者さんと一緒に治療を考えていけば薬物の本来の効果またはそれ以上の効果が出てきます。薬は効かないのではなくて、効いたかどうかがわかりにくい。薬はできるなら飲みたくないものなので、しばらく飲んでも効かなければ患者さんはこの薬は効かないと思いがちです。薬の変更を求めたり、さらに追加しましょうということになりやすい。無駄な薬を飲んでいるわけではないので、病態についてゆっくり話をしながら治療するのがいいかと思います。

 これで終わります。ありがとうございました。

 司会

 アメリカには数千のペインセンターがあり、各科の医師や理学療法士などいろいろな方が集まってチーム医療をしています。日本にはそういうチームがほとんどありません。私たちはそのようなチーム医療をしたい。ほんとうはきょうお話ししていただいた先生方にチーム医療をしていただければ、痛みで悩んでいる患者さんが助かるだろうと考えています。痛みの特集をした趣旨はそこにあります。痛みで困っている方がたくさんいらっしゃるだろうと思います。きょうのお話をぜひ参考にされ、また必要があれば私たちの病院にきてそれぞれの科を受診していただきたいと思います。きょうは遅くまでありがとうございました


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