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関西医科大学第10回市民公開講座
演 題:認知症について
稲垣 隆介先生(関西医科大学附属枚方病院脳神経外科講師
日 時:平成20年(2008年)1月19日(土)14:00〜16:10)
八幡市立生涯学習センターふれあいホール

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 演 者:稲 垣(関西医科大学附属枚方病院脳神経外科講師)

 最初に認知症を扱う科についてですが、頭の病気、神経の病気は精神神経科、神経内科、心療内科、脳神経外科が専門に扱っています。名前が非常に複雑ですが、その中でも心療内科は比較的新しい学問領域です。気に病むような、精神的なストレスが原因となって消化管の調子が悪くなり、消化器科の治療が必要になるような病気を扱っています。認知症は残りの精神神経科、神経内科、脳神経外科で一般的に扱っています。

  精神神経科と神経内科と脳神経外科の区分がわかりにくいかと思います。外科的な治療が不要な統合失調症やてんかんのような病気は一般的に精神神経科の先生方が治療されます。認知症とも関係があるパーキンソン病などの治療は主に神経内科の先生がされています。精神神経科や神経内科がする主に内科的な治療だけでは治療が不十分で、外科的な治療が必要な病気、乱暴に言えば切ったり貼ったりする病気を我々脳神経外科が扱っています。疾患ごとにどの科にかかればいいか、迷ったり判断が難しいときがありますが、そうご理解いただければと思います。 

 外来をしていると、「認知症とアルツハイマー病は一緒ですか」としばしば聞かれます。まず認知症とは何ですかについて、アルツハイマー病と一緒ですか、認知症の予防はできますか、認知症は治りますか、このへんの話ができればと思います。

 

1.1.脳の構造

 認知症の話をする前に、脳の構造や血管や脳を調べる検査について話をしておかないと後の話を理解するのがちょっと難しい。しばらく基礎のお話におつきあいください。

 「グレイズ・アナトミー恋の解剖学」というアメリカのテレビドラマが日本のテレビでも盛りあがっています。グレーGrayという方が著名な解剖学の教科書(Gray’s Anatomy)を著したことから表題に使われました。その解剖学の教科書からの図です。

 これは脳の外観を横から見ています。左が前で右が後ろですから、これは頭の左側を見ていることになります。大きなしわのある大脳、小さなしわのある小脳、大脳は前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉という名前で大きく区分されます。

 この脳を真ん中で切って内側を見ると、この図では右が前で左が後ろになります。大脳、小脳、外観では見えなかった脳幹部という非常に大事なところが現れます。この部分に認知症と関係している帯状回があります。

 脳を下から見上げてみます。上が前で下が後ろになります。小脳、脳幹部、前頭葉、側頭葉。この側頭葉の内側には海馬があり、認知症に重要な働きをしています。

 この横断像は脳を額あたりで水平に切って、その断面を上から見ています。大脳にはしわがあり、脳に行った血液から血球成分を除いた透明な液体(髄液)が真ん中あたりに黒く描出されています。ここを脳室と言います。そしてこの部分を基底核。外側にある帯状の脳皮質には神経細胞の塊があり、その下は白くて、見たとおりに‘白質’と呼んでいます。皮質には、いろいろな命令を出したり、反対に入ってくる情報を認知する神経細胞の塊があります。ただそれだけでは何もできません。こちらの皮質の命令(情報)とこちらの皮質の命令(情報)を連絡させるために神経線維が白質を通っています。皮質と白質の関係は、簡単には、体の他の部分や他の細胞同士が連絡を取るために、あるいは命令を伝えるために電話線でつながっていると想像するとよろしいかと思います。例えば皮質にある手足に命令を出す神経細胞は、白質を通って別の皮質の神経細胞につながっています。

 この図は脳を縦に切って、その断面を前から見ています。真ん中に脳室があり、その斜め下あたりに海馬があります。この大きな溝はシルビウスSylviusというオランダの先生が初めて報告したことから‘シルビウス裂’と呼んでいます。その部分がこの絵ではここになります。後で写真をお見せしますが、認知症がかなり進むと、この部分がやせる、この部分が大きくなる、この部分が大きくなることで診断をつけることがあります。シルビウス裂はその点でも大事です。

1.2.脳の血管

  認知症が血管性(血管性痴呆)である場合には頭の血管がどうなっているかを調べないといけません。MRAで脳の血管を描出すると、ここに内頸動脈という血管があります。内頸動脈から外側にいく中大脳動脈と内側にいく前大脳動脈という血管に分かれます。ここに椎骨動脈、脳底動脈があります。一般的には脳の血管は左右対称に枝分かれすることが多い。以前は頭の血管を調べるのは非常にたいへんでしたが、今では体に金属が入っていないかぎりMRAでかなり簡単にこれくらいの情報が得られます。

たまにMRAだけでは不十分で、患者さんにご協力をいただいて血管撮影という検査をしなければならないときがあります。この血管は正常です。内頸動脈があり、ここから外にいく中大脳動脈と前大脳動脈に分かれています。この部分が細くなってくると、今ふえているアテローム硬化性脳梗塞という病態になります。今回は脳梗塞の話ではなくて認知症に関係ある血管に限って話をします。

1.3.脳を調べる検査(CT、MRI、SPECT、PET、血管造影、髄液検査) 

 頭を調べるとき、基本的にはCT、MRI検査をしています。CTとMRIのパッと見たときの違いは、MRIでは脳の周囲が黒く描出され、CTではレントゲンと同様ですから脳の周りの骨が白く描出されます。またMRIやCTは向かって左が右の脳で、右が左側の脳です。

 「CTとMRI、どちらがいいのですか」と、その良し悪しを質問される方がいます。頭を専門にしていない先生でも「MRIといういい方法がある」とおっしゃることがありますが、我々はどちらを撮ったほうが患者さんの病態をより正確に理解できるかという視点で選んでいるとご理解いただきたい。病気によってCTがよい場合、MRIがよい場合、場合によっては両方したほうがよい場合があります。違う検査ですから、どちらがいいというものではありません。

 また、MRIで白いところが多いと病気だと考えるのは早計です。MRIは写真の撮り方で、脳の部分が黒くなったり白くなったり色を反転させることができるので、見た目には全く違ってきます。

 SPECT(単光子放射線コンピュータ断層撮影)やPET(陽電子放射断層撮影)は核医学領域の検査です。簡便な日本語訳がなくて、そのままSPECT(スペクト)、PET(ペット)と呼んでいます。PETは癌検診に使われることがあります。後ほど写真をお見せします。

 腰椎に穿刺して髄液を採って調べる髄液検査は最近ではあまり実施されていません。この髄液は頭蓋内の脳室にある髄液と同じです

  

2.認知症って何ですか。

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認知症の定義

 ・進行性の脳の機能障害

 ・進行に伴い、徐々に日々の活動性が低下する

 ・進行すると服を自分で着ることが難しくなったり、

   食事を摂ったかどうかなどもわからなくなる。

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 認知症は、基本的に進行性の脳の機能障害です。小さい頃から知能の発達していない方には認知症という言葉を使いません。いったん獲得した能力が落ちてくるのが認知症です。少し前までは「痴呆」と呼んでいましたが、「認知症」という言葉のほうが適切だろうと提言されて、今では我々医療従事者も認知症という言葉を使うようになりました。いったん獲得した能力がなくなるので、はたから見ていると徐々に日々の活動性が低下してきます。進行すると、服を自分で着ることも食事を摂ることもできなくなってしまいます。ここで難しいのは、放っておいても高齢になると大なり小なり認知症が起こってきます。ですからそれが病的かどうかを問題にしています。

 他の動物でも認知症になるかと動物実験をされている方に聞くと、ショウジョウバエは頑張って飼育しても2カ月でぼけてきます。ハツカネズミは2、3年でぼけてくるという報告があります。ところがチンパンジーはアルツハイマーには絶対にならないという報告があります。なぜかわかりません。ただ人間は確実にいろいろな病気になるので、ひょっとするとこれらの動物と比べると、長生きし過ぎているのかもしれません。

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認知症の種類

・アルツハイマー病(約6割)

・血管性痴呆(約2割)

・頭部外傷  

・脳腫瘍

・脳卒中

・水頭症

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  認知症にはまずいっぱい原因があります。その代表例がアルツハイマー病です。報告によって若干違いますが、日本の場合認知症のうち4〜6割がアルツハイマー病だろうと言われています。脳血管に何らかの異常があって認知症の症状が出ている方は少なめに見積もっても2割はいるようです。

  20年くらい前、日本人にはアルツハイマー病よりも血管性痴呆が多いと言われていました。統計の取り方によって違ってくるので20年前とどれほど変わってきたのか、現実にはわかりません。日本人には小さいラクナ梗塞というタイプの脳梗塞がもともと多かったのですが、それが減ってアテローム硬化性脳梗塞が増えてくるにつれてアルツハイマー病も増えてくるような印象が私にはあります。これはどこにも証拠がありません。私の印象です。

  頭を強く打っても、脳腫瘍があっても認知症になります。脳卒中は脳血流が悪くなる病気の総称ですが、出血を何度か繰り返している間に認知症の症状が出てきます。水頭症は脳室に脊髄液がどんどんたまって、多くなり過ぎた病態です。このときにも認知症の症状が出てきます。

  脳腫瘍、脳卒中、水頭症は我々脳外科の出番になります。頻度はそう多くありませんが、外科的治療でかなりよくなる認知症です。一般的にはこれらの病気に起因する認知症は残念ながら見逃されていることが多く、その話を覚えておいていただければと思います。

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認知症の問題点

・患者数:170万人から増加

・若年発症の認知症が増えている?

・アルツハイマー病、脳血管性認知症、

  びまん性レビー小体病、ピック病など原因が多数

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 日本の医療が崩壊しかけています。その最大の理由は高齢化が進んで患者数が絶対的に増えているのに、原資が減っていることにあります。去年時点で認知症の患者数はおおよそ170万人です。2010年にはおそらく200万人、2020年には300万人を超えるのではないかと予測されています。若い方が減って高齢者が増えて、高齢者の認知症が増えるとどうなるかおわかりかと思います。それで認知症が今、問題視されています。

 高齢者だけでなく、原因がわかっていませんが、若年発症の認知症が増えています。 本や資料をご覧になっていると、「若年型アルツハイマー病」、「若年性認知症」、「老年痴呆」という言葉を使って、使い分けていることがあります。65歳より若くして発症した方を「若年型(若年性)」と区別して呼ぶことが多いのですが、今は分けて考える必要はありません。

 原因はアルツハイマー病だけでなく、びまん性レビー小体病、ピック病などがありますが、きょうは時間がないので割愛します。基本的には、こういう病名は脳の組織を採って病理の先生が顕微鏡でご覧になって、レビー小体病だとかピック病だと診断をつける病気だとご理解ください。我々臨床家が臨床症状と画像だけですべてを決定するのはまだ難しい。

 認知症の一般的な症状はどういうものか。

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 最初の症状  軽度の記憶障害

          新しいことが学べなくなる

          周囲とうまくコミュニケーションがとれなくなる

 典型的な症状 最近のことを忘れる/何度も同じことを聞く

          食事を作るが、それを忘れる  

          単語を忘れる、言葉の使い方を間違う

          時間や場所を間違う、自宅を間違う

          寒い日にコートを着ずに外出する


 臨床症状   物忘れ:記憶障害

          考えがまとまらない:判断力障害

          時間・場所がわからない:見当識障害

          道具などがうまく使えない:実行機能障害

 進行すると  身の回りのことが自分でできなくなる

          人格が変わってくる 

          自分に問題があることもわからなくなる

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  最初の症状の「新しいことが学べなくなる」とは、例えば、電話番号を何度聞いても覚えられないということでしょうか。個人差がありますが、ご家族と上手くコミュニケーションがとれない。

 典型的というのは初期症状から少し進行した症状ですね。おばあちゃんが何度も同じことを聞くようになる。もっと進行すると自宅を間違うなど。 臨床症状の「道具がうまく使えない」というのは、例えば、テレビのリモコンが使えないという症状です。新聞では実行機能障害と書かれることがあります。

 

3.アルツハイマー病とは?

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 アルツハイマー病

 ・老人斑:皮膚のシミのような異常構造物が大脳皮質にたまる

 ・神経原線維変化:神経細胞の中にとぐろを巻いた異常構造物が認められる

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 アルツハイマー病は認知症の一つのタイプです。この病名は最初に報告したドイツのアルツハイマー先生にちなんで名付けられました。50歳代の女性の脳を詳しく調べて、臨床症状と照らし合わせて、当初は「初老期痴呆」と呼ばれた病気です。

 アルツハイマー病は古典的には病理診断で、顕微鏡下で老人斑と神経原線維変化が見つかるとアルツハイマー病と診断していました。以下に神経病理学会の資料からCT、MRI、SPECT等いくつかの特徴的な画像を紹介します。

3.1.アルツハイマー病の画像診断

 左が正常、右が異常の方の脳です。大きい三角形の神経細胞が脳の皮質にたくさん見られます。病気になるとこの神経細胞数が減って、しかも小さくなります。これがアルツハイマー病の一般的な写真です。先ほど老人斑と申しました。脳の組織の中の神経原線維を特殊な方法で染色すると、正常では見当たりませんが、典型的なアルツハイマー病になるとこれが大きくなります。これを神経原線維変化と呼んでいます。この2つを病理の先生が見つけると、アルツハイマー病だと診断します。

 もっと大きく脳全体をみると、正常な脳に対してアルツハイマー病の典型例では脳室が大きくなり脳皮質の厚さが薄くなります。

 外来で「脳が縮んでいるかどうか写真を撮ってほしい」という人が最近増えてきています。それほど神経質に心配することはありません。検査が必要であれば医師側からMRIを撮りたいときちんと申し上げます。。

 以前はこういう画像変化があればアルツハイマー病だと診断していましたが、これらの変化は脳血管性認知症の患者さんでも、ある程度以上あることが最近わかってきたことから、写真だけではなかなか診断がつきません。どこまでがアルツハイマー病であり、老人斑が何%増えていればアルツハイマー病とするか、何%以下だと脳血管性認知症だとするか、その境目が非常に難しい。

 これは実際にアルツハイマー病だろうと診断された患者さんの脳のMRIです。先ほどの病理の写真ほど典型的ではありませんが、ここの隙間がかなり増えていて、シルビウス裂の隙間もかなり大きくなっています。こうなると我々のような神経を扱う医者は年齢相応よりも脳が縮んでいるだろうと考えて、他のテストをしていきます。

 SPECT検査では頭の血液の量を調べます。SPECTのデータを解析することは非常に難しく、幸いコンピューター技術が進んでいるので、年齢相応の方の脳と比較できるようにデータを処理します。これは神経放射線科の先生がやってくださいます。データを移して、どの部分の血流が低下しているかを色分けします。青は血流が低下している部分です。この方は帯状回や頭頂葉の血流が落ちていることから、画像からもアルツハイマー病と判断していいでしょう。こういう画像解析の手法を使って我々は診断しています。

 別の方ですが、この方はまだ確定診断されていません。上が2006年のMRIで、物忘れがあると訴えて受診されたときの写真です。下は2008年1月のMRIです。パッと見るとほとんど変わりませんが、よく見て比べるとここの白いところが大きくなっています。2年という短期間でここまで変化する方は珍しく、残念ながらこの方は2年弱で脳の萎縮が進行しています。

 アルツハイマー病を第一期、第二期、第三期と分けています。第一期は3〜5年、第二期は5〜8年、第三期では寝たきりになるような状態に分けています。これは医師側がやることで一般の方に第何期だということは日常生活では関係ありません。

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・40〜50歳代では男女差はないが、老年期では女性に多い

・アルツハイマー262の遺伝子異常?

・高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病が危険因子

・久山町研究から糖尿病の人はそうでない人の4.6倍なりやすい

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 一般的に高齢になると、女性にアルツハイマー病が多くなります。ところが60歳を過ぎた男性で奥さんが先に亡くなってしまうと、男性の70%くらいは3、4年以内に死亡するというデータもあります。私自身を考えても患者さんをみていても、女性はしっかりされていますが、男はあきません。特に私より少し上の世代ですね。家のことを全部奥さんに任せていたという方はご注意ください。

 アルツハイマー病は遺伝子異常だという報告もありますが、遺伝のことはよくわかっていません。

 久山町という町ぐるみでデータを集積している町が福岡県にあり、ここから発信される日本のデータは世界的にも有名です。アルツハイマー病は予防できるかということを検討しています。久山町研究によれば、糖尿病の方はそうでない人の4.6倍アルツハイマー病になりやすい。高血圧、糖尿病、脂質代謝異常など生活習慣病がある方のほうがアルツハイマー病の発症率が高い。アテローム硬化性脳梗塞が増えたためにアルツハイマー病の方が増えているような印象があると先ほど私は申しましたが、このことと大体一致します。

3.2.脳血管性認知症とアルツハイマー病の違い

 本を読んでいると脳血管性認知症ではなくて「脳血管性痴呆」と書かれていることが多い。脳血管性痴呆は古い言葉で、痴呆ではなくて認知症に換えようという動きがあります。脳血管性認知症は脳梗塞など脳の血管の異常が原因となって起こってくる認知症です。アルツハイマー病との最大の鑑別点は‘まだら痴呆’があるかどうかです。記銘力障害(例えば物忘れ)はもの凄くあるのに、判断力は保たれている方が多い。画像でもその特徴が表れています。

 【MRI像で正常な脳と比べると、基底核に白い点々がたくさん見つかります。これは昔日本人に多かった、高血圧に伴うラクナ梗塞がたくさんあるタイプです。こういう患者さんには記銘力障害はありますが判断力は強いので、ご家族が「物忘れがたいへん多い」と指摘すると、「俺はしっかりしている」とものすごく怒ったり、一時期凶暴になることもあります。逆に言えば厄介な認知症です。これをまだら痴呆と呼んでいます。アルツハイマー病の場合は進行するにつれて比較的穏やかに物忘れが進行していきます。

 この患者さんではこの部分で血流が止まっていることがわかります。この画像は別の患者さんで、どうも物忘れが進んでいる、数年前から右の手足の動きが悪いということで来院されました。CTを撮ると黒いところがあります。この部分の血液の流れが悪いか壊死していて、SPECTでみてもCTで黒かった部分の色が変わってきません。このSPECTの解析では白色は血液量が一番多くて、赤−黄−緑−青の順に血液の流れの悪さが表示されます。

 もう少し詳しく調べるためにMRIをしました。先ほど脳の血管はほぼ左右対称に描出されると申し上げましたが、この患者さんでは左側の血管に相当する右側の血管がありません。アテローム硬化性脳梗塞で、このへんの血管が徐々に詰まったためにその先の血流が止まっています。個人差がありますが、日本人のかなりの方は脳の左側の中枢でものを理解しています。かなり大事な機能をしている左側の脳の血流が悪くなっていることがわかります。脳血管性認知症の典型はこういうタイプですが、むしろ珍しい。

 脳血管性認知症は高血圧、糖尿病、脂質代謝異常など生活習慣病に注意を要します。もう一つ大事なことは認知症を悪化させないことです。認知症になってしまったとあきらめずに頑張ると再発を予防できます。これまでにラクナ梗塞があるとか脳梗塞と指摘された方は、それを悪くしないように努力することが必要です。

 

4.認知症の治療はできますか?

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 認知症の原因

 ・頭部外傷(交通事故など)

 ・過剰飲酒

 ・生活習慣病(高脂血症、高血圧、糖尿病)

 ・家系?:ないと考えられています 

 ・おそらく多因子

 ・アポリポタンパクEの関与

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 遺伝子の関与もあると言われていますが、今のところアルツハイマー病に関しては家系は関係ないようです。その代わり多くの因子が原因となり、中でも生活習慣病がおそらく悪くしていると考えられています。

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4.1.薬物療法:塩酸ドネペジル(アリセプト)

    ・脳内のアセチルコリン(記憶に関連する神経伝達物質)の減少を防ぐ

    ・病気の進行を遅らせる‘対症療法’である 

    ・随伴症状には抗うつ剤や睡眠導入剤を併用する

4.2.非薬物療法

    ・リハビリテーションとケア、体と頭を使うと老人斑がたまりにくくなる

    ・うまく介護すると、イライラしたり落ち込んだりすることが少なくなる

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 認知症の治療には薬物治療と非薬物治療があります

 アルツハイマー病と診断がほぼ確定した段階で薬による治療を開始すると進行が抑えられます。日本ではアセチルコリンの減少を抑える薬が一種類しか認められていません。ただこれは進行を遅らせる対症療法で、原因を除く根本的な治療ではありません。残念ながら今私たちが入手できる薬はその段階のものです。アルツハイマー病はタンパク質が余分にたまることが原因だと言われていますので、そのタンパク質がたまらないようにする方法やたまったタンパク質を取り除く方法がないかと、違った面からも研究されています。近い将来このへんの薬が実用化されると聞いています。

 本体の病気以外に随伴症状がいろいろ出てきます。元気がなくなったときには抗うつ剤、睡眠不足なのに夜眠れないときには睡眠導入剤を併用することがあります。

 非薬物療法はものすごく大事です。リハビリテーションとケア。体と頭を使うと老人斑がたまりにくくなるというデータはかなり出ています。一番いいのは本人が体と頭を使うこと。何らかの原因で一人でできない場合でも、介護をうまく使うことで、イライラが抑えられたり落ち込んだりする症状が軽減します。日本では独りでお住まいの高齢者が多く、これらの介護を受けられずに症状が進んでしまうことがあります。これは日本社会の今後の問題だと思います。

 認知症のうちのアルツハイマー病の場合、アボット研究の結果が出てきました。1日の歩行距離が400m以下の方と3km歩く方を追跡調査すると、アルツハイマー病の発症率は1.8倍違います。動かずにじっとしていることは何であれ悪い。もう一つ、数年前に東京都老人総合研究所から、1週間に5日以上、1日30分以上の早歩きで痴呆をかなり抑えられるというデータが出ています。ただ歩くにも15分では意味がありません。30分以上、1時間くらい頑張って歩いてください。簡単にできそうなことですね。

 皆さんが思っている以上にストレスが悪くすることもわかっています。会社人間だった人にお願いしたいことは、お家で煮物や野菜を食べないという方が多いようですが、バランスのよい食事を摂っていただきたい。それから睡眠をうまくとっていただきたい。

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4.3.認知症の介護

・公的制度(社会制度)

  介護保険/生涯年金/医療費公費負担制度/精神障害者保健福祉手帳/

  特別障害者手当/成年後見制度/地域福祉養護事業

・介護施設

  介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)/介護老人保健施設/

  介護療養型医療施設(老人病院)/特定施設入居者生活介護

  (有料老人ホーム、ケアハウス)

・介護サービス

  訪問介護(ホームヘルプ)/通所介護(デイサービス)/通所リハ

  ビリテーション(デイケア)/短期入所生活介護(ショートステイ)/

  グループホーム

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 公的制度についてはお手持ちの資料をご覧ください。詳細は省きます。いろいろな公的介護があります。病気が進行してしまった場合、介護サービスを受けることができます。使えばいいのに使っていない方が多くいらっしゃいます。現実問題として待ち時間が数日ではなくて数年という介護施設もありますが、必要な場合にはご自分はどれに該当するか参考にしてください。いろいろあるので病院の担当者や市役所の福祉課にも相談してください。

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4.4.脳外科で治療すれば治る認知症 

・水頭症(正常圧水頭症)

  水がたまって脳室が拡大しているのに頭蓋内圧が高くないタイプ

・慢性硬膜下血腫

  頭部外傷後1、2カ月して脳と頭蓋骨の間に徐々に血液がたまる病気

・もやもや病(成人発症の虚血型

   内頸動脈の最終部分で血管が徐々に閉塞してくる原因不明の血管病変

・内頸動脈閉塞症や中大脳動脈狭窄症の一部のもの

・脳腫瘍の一部のもの

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 脳外科、神経内科、精神神経科で認知症を診ていますが、せっかくですから脳外科でないとできない病気について話をしておきます。外科的な処置をすると治る認知症があります。認知症はアルツハイマー病と思っている方が大半だと思いますが、水頭症その中でも正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、もやもや病、内頸動脈閉塞症や中大脳動脈狭窄症の一部のもの、脳腫瘍の一部のもの。こういう病気が原因となって認知症になった方は早めに外科的な治療をすれば治ります。

 施設に入って寝たきりになって、極端にはほとんど廃人になった状態で初めて診断がついても回復できません。そうならない前に治療すればかなり良くなります。残念ながら、施設に入所された後に確定診断がつく方が多いのが現実です。

a.正常圧水頭症

 例えば頭を打ったり出血して頭の中に水がたまる場合、ものすごく圧が上がる高圧水頭症に対して、脳室に水がどんどんたまることは同じでも時間をかけてたまるので頭の圧がほとんど正常というのが正常圧水頭症です。認知症に関連するのはこの正常圧水頭症です。この画像のお二人とも正常圧水頭症で、脳室が大きくなって水がたまっていることを示しています。左側の方は特発性で原因がわかっていません。右側の患者さんは出血した後水の流れが悪くいなっています。

 この右側の方の手術前と手術後の脳室の大きさを比べると全く違います。脳室が小さくなって症状がどんどん良くなって認知症も改善してきました。特発性は脳外科でないと診断がつきません。精神科や神経内科ではほとんど診断できません。おかしいなと思ったら、脳外科を受診していただくとありがたい病気の一つです。

b.慢性硬膜下血腫

 この疾患で寝たきりになる方はほとんどいません。頭を打った後1、2カ月してから脳と頭蓋骨の間に水がたまる病気です。脳は本来左右対称でその真ん中に脳室がありますが、この方の場合、右の脳の硬膜下に血腫ができて、脳室が押されて左にひしゃげています。手足が動かなくなって、そのうちの数十パーセントの方は認知症を発症します。かなり多くの患者さんは手足の動きが悪くなったときに脳外科を受診されるので、早めに診断がつきます。ただ認知症だけを発症すると、脳外科を受診されないまま原因がわからずに認知症がどんどん進行して、意識がなくなって死んじゃったということもまれにあります。怖い病気の一つです。

c.もやもや病 

 これはあまりお聞きになったことがないと思います。日本人と韓国人だけと言っていいくらい、他の人種には少ない病気です。この病気は大人で発症するときには出血発症が多いのですが、数年に1人くらい認知症で来られます。

 この患者さんのMRIを特殊な方法で撮ると、ここに新しい脳梗塞が見つかりました。SPECTでもその部分の血流が落ちています。血管撮影では正常の方と全く違って、ここまではありますが、これから先の太い血管が描出されません。この病気は外の血管とつなぐバイパス術をすると、外の血管から血液が流れてきて認知症が治ってきています。このへんは脳外科でないと診断がつきません。

d.脳腫瘍

  この方は脳腫瘍で認知症を発症しました。残念ながら脳腫瘍を全部摘出することはできません。放射線治療と化学療法と手術を組み合わせて結構元気に過ごすことができています。このへんが外科的治療が役立つ認知症の代表例です。

  認知症診断の将来。PETを使うと認知症をもっと早く発見できるという報告がたくさん出てきています。腰椎穿刺をして脊髄液中のタウを調べると、アルツハイマー病の診断ができるというデータも集積しつつあります。軽度認知症の正確な診断ができ、新しい薬が開発されれば、アルツハイマー病に代表される認知症をかなり予防することができます。しかし現在の健康保険制度では厚労省が認可した方法でしか保険は利きませんので、きょうこの方法を聞いたからPET検査をしてほしい、タウを測定してほしいといっても、検査はできても保険は適用されません。

5.認知症は予防できますか?

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 認知症予防に効果!

 ・頭を使う

 ・有酸素運動

 ・青魚、緑黄色野菜、果物の摂取

 ・カロリー控えめ

 ・趣味を持ち、笑う

 ・ストレスを発散する

 ・30分程度の昼寝

 ・糖尿病、血圧に注意

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 確実な予防法は上記のような方法です。カロリー控えめの目安は2500 kcalと言われています。30分程度の昼寝がいいとは私は知りませんでした。1時間以上寝ると逆効果だそうです。糖尿病と血圧に注意することが認知症予防に非常に大事です。

 予防にいい、でも本当かな?というのがコーヒー・緑茶、適度なアルコール、カレー、バナナ、いも、コンニャク、ショウガ、銀杏、海苔。この中の「適度なアルコール」は皆さん‘適度’にされますが、一般的にはビールだと350 mlくらいで換算してください。 最後にまとめです。(1)認知症の原因は一つではない、たくさんあります。その一つがアルツハイマー病です。(2)薬である程度進行を抑えることが可能ですので、早く診断をつけたい。(3)手術で認知症を改善する疾患も結構あります。 

 週にグラス16杯程度のワインを飲んで、毎日30分以上運動して、禁煙をして、果物もしくは野菜を十分摂っている方とそうでない方を比較すると、平均余命が16年違うというデータが先週フランスから報告されてびっくりしました。日常生活が非常に大事だということを示していると思います。アルツハイマー病に限らず脳血管性認知症もそうです、原因がある疾患ならかなり予防できます。

 どうもご静聴ありがとうございました。

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