関西医科大学第10回市民公開講座 |
演 題:増えている前立腺がん |
藤田 一郎先生(ふじた泌尿器科院長/前・関西医科大学附属男山病院泌尿器科部長) |
日 時:平成20年(2008年)1月19日(土)14:00〜16:10) |
八幡市立生涯学習センターふれあいホール |
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演 者: 藤 田(ふじた泌尿器科院長/前・関西医科大学附属男山病院泌尿器科部長)
マスコミでもがん対策の話題が多くなりました。その中でもきょうは前立腺がんについて。「増えている前立腺がん」と題して、最近前立腺がんが高齢男性で問題になっています。最近では天皇陛下が前立腺がんになられ、著名人でも前立腺がんであることを公表して治療を受けている方がいます。きょうは前立腺がんについて詳しくお話をしたいと思います。
1.前立腺がんについて
前立腺がんは男性特有のがんで、50歳を過ぎた中年以降に多く発生します。前立腺は尿をためる膀胱の真下にあり、くるみくらいの大きさで、その中を尿道が通っています。おしっこの通り道にある臓器ですね。前立腺を輪切りにして見ると、内腺と外腺という二重構造になっています。精子の栄養となる前立腺液を分泌し、子孫を作るための働きを担っている重要な臓器とも言えます。
前立腺がんは前立腺肥大症とは違います。肥大症は全体が年とともに腫れて肥大するために、内側を通っている尿道を圧迫して、そのためにおしっこが出にくいという症状が現れます。一方、前立腺がんは多くは二重構造の外腺に発生するので、初期には症状がなかなか現れない、ほとんど無症状で経過するのが特徴です。肥大症と前立腺がんは全く別の病気ですので、肥大症になるとがんになるとか肥大と同時に発生するということではありません。別個に考えなければなりませんが、肥大症の経過中にがんが併発することはないわけではない。
がんの多くは前立腺の外腺にできるので、早期ではほとんど症状がなく、排尿にはほとんど影響がありません。だんだん進行して尿道を圧迫したり尿道にまで進展するようになると、排尿が困難になったり残尿感、疼痛、血液が混じることがあります。一番の特徴は骨に転移しやすいことです。腰痛のために受診して初めて前立腺がんが見つかることも時々あります。痛みや症状が出たときにはかなり進行していることが多く、いかに早く見つけるかということが重要になってきます。
最近では前立腺がんが非常に多くなってきています。欧米諸国でも非常に多く、アメリカでは罹患数は男性の第1位、死亡数は肺がんに次いで第2位です。日本でも泌尿器科のがんの第1位で、他のがんの中でも最も増えているがんの一つです。日本では前立腺がんで亡くなる患者数は現在年間約7000人、20年前の約3倍です。この数字は他のがんと比べると、男性のがんで亡くなる方の5番目ですが、2020年には肺がんについで第2位になるだろうと予測されています。胃がんの罹患数は30年くらい前からほとんど増えていません。ここ10年で前立腺がんだけ、その増加率は6倍くらいに増えました。肺がんや大腸がんは2倍くらいですが、前立腺がんだけ飛び抜けて多くなっています。それくらい患者さんは多くなっています。
男性の場合、他人事ではなくて、中年以降になると誰でもがんになる可能性があり、50歳以降になると年とともに階段状に増えてきます。高齢者で見つかる典型的ながんと言えます。
患者数の割合を世界の国々と比較すると、アメリカ黒人が一番多い。次いで白人、欧州諸国。日本、中国、アジア諸国はもともと少ない。ところがアメリカに住んでいる日本人や日系人では欧米諸国と変わらない罹患率です。この結果から、その地域の食生活の違いによってがんになると言われています。
前立腺がんになりやすい危険因子はまず年齢です。次いで遺伝。欧米諸国の黒人や白人はもともと多い。そして食生活。日本人でも欧米化した現代食が多くなりました。特に前立腺がんの場合、家族歴に注意を払ってください。親兄弟で前立腺がんになった方がおられる場合には2倍のリスクが予想されているので、前立腺がんの健診を受けていただきたいと思います。
前立腺がんが増える背景にはまず社会が高齢化していることがあります。また食生活が変化して特に動物性脂肪の摂取量が増加したこと、もう一つは検査の普及によって今まで見つからなかったがんを早期に見つけることができるようになったことがあります。
前立腺がんのがん細胞は男性ホルモンによって増殖すると言われています。睾丸と腎臓の上にある副腎から分泌される男性ホルモン(テストステロン)の作用によって前立腺が成長し、それと同時にがん細胞も増殖します。男性の場合、高齢になったら男性ホルモンの分泌が衰えるということはありません。90歳、100歳になっても男である限り男性ホルモンは分泌され続けています。そのために、男性ホルモンはがん細胞の栄養となり、高齢になっても前立腺がんは成長し続けることになります。言い換えれば男性ホルモンが前立腺がんの進行を進める一つの原因になっていると言えます。
2.前立腺がんの見つけ方
高齢男性に多いと申し上げました。高齢になって初めて見つかることが多いのでゆっくり進行するがんとも言えます。胃がんや肺がんと違って急に進展して命にかかわるということは少ない。しかし相手はがんですから、放っておくと転移して進行してしまいます。そうすると命にかかわってきます。
前立腺がんでも早期がん(病期AかB、前立腺内に限局している場合)は非常に治る可能性が高い。5年経っても7割以上の方が元気で過ごされています。しかし初期は無症状の方が多いため見過ごしやすい。確かな知識を持って定期的に健診を受けて、そしてがんが見つかれば適切に対処します。いかに早く見つけて早く治療するかが重要になります。
前立腺がんの検査はまず見つけるためのスクリーニング検査。これは内科や開業医の先生でもできる一般検査です。がんかどうか診断を確定するための検査。そしてがんを治療するために必要な情報を得るための検査。がんの広がりや転移の有無などを把握します。大きく3つの流れで検査を進めていきます。
スクリーニング検査で重要なのはPSA(前立腺特異抗原)です。血液の一般検査で、血液を採取して前立腺がんの可能性がないかどうかを調べます。前立腺がんが早期に見つけられるようになったのはこのPSA検査のおかげです。PSA検査は八幡市の健診でも実施していますし、関西医大でも実施しています。
4ng/mL以下であれば正常でがんの心配はありません。定期的に経過を追っていきます。4〜10ng/mLになるとグレーゾーンで、がんの可能性もあるけども肥大症などがん以外の病気も考えられます。必ずしもがんではないけども怪しいという段階です。10ng/mL以上、二桁以上の高い数値になるとがんが疑われます。がんが潜んでいないかどうかを診断する必要があります。
PSAは4ng/mL以下が正常です。4ng/mL以上になるとがんが見つかる確率が高くなってきます。4〜10ng/mLのグレーゾーンでは2〜3割くらいの方にがんが見つかります。逆に言えば、グレーゾーンでも7割の方は精密検査をしてもがんは見つかりません。数値だけで一喜一憂することはないです。4ng/mL以下の正常範囲の方でも調べると、6%くらいの方にがんが見つかっています。正常範囲でも追跡調査をすることがより安心となります。
ヨーロッパのオーストリアでもPSA健診が行われています。1990年代にPSAによるがん健診が開始されて以来、病期Dの転移がある進行がんは減ってきました。一方早期がんはたくさん見つかっています。つまり健診を始めてから進行したがんが減っていること、早期がんでみつかることが多くなったことがわかります。さらに前立腺がんで亡くなる率も健診を始めてから減ってきています。健診で早期にがんを見つけて適切な治療を始める、その有効性が示された結果だと思います。
血液検査の次に行うのは直腸診です。これは泌尿器科で行う検査で、肛門から指で前立腺を直接触診します。これによって前立腺の大きさと硬さがわかります。前立腺が硬いとがんの可能性が非常に高い。外来でできる直腸診は非常に重要な検査です。もう一つは経直腸的超音波検査で、肛門から直接前立腺の検査をします。これによって大きさがわかりますし、がんがあると端のほうに黒く写るのでどうもがんらしいと判断することができます。
がんが疑われると、針生検をしてがん細胞が潜んでいるかどうか、その有無を調べます。肛門から器械で前立腺の細胞を6〜8カ所採取します。検査は局所麻酔下で行うので、チクッとした刺激はありますが、30分くらいで終わる割合負担の少ない検査です。それでも針を刺すので痛みや出血を懸念して一晩だけ病院に泊まっていただきます。一泊の検査入院で行っている施設が多い。直接前立腺の細胞を採取して確定診断をつけます。
がんとわかると、がんの広がり具合を調べます。リンパ腺や肝臓に転移がないかどうかCT検査で断層撮影をします。それから全身の骨シンチグラムをとります。それによって前立腺がんが前立腺にとどまっているか、転移しているかどうかを把握します。前立腺がんは骨とリンパ腺に転移しやすい特徴があり、8割以上が骨に転移しています。肺や肝臓など他臓器に転移することはむしろ非常にまれです。前立腺がんが見つかると、並行して骨に転移していないかどうか、リンパ腺に転移していないかどうかをまず調べます。
以上をまとめます。高齢男性に多い病気で最近ふえています。初期は無症状のことが多く、PSA検査で早期に見つけることが重要です。このPSA検査は血液検査です。泌尿器科以外でも内科や開業医の先生でやっていただけます。
3.前立腺がんの治療
一口に前立腺がんといっても見つかったときの広がり具合で治療法が違ってきます。前立腺がんが前立腺の中にとどまっている限局がんの場合、その病期はAかB。早期がんです。一方、がんが前立腺の外へ飛び出した状態になると局所浸潤がんといって病期はC。やや進行した状態です。前立腺がんは骨や骨盤のリンパ腺に転移しやすく、がんの転移巣が見つかると病期D、がんは既に進行していると考えます。大きくこの4つに病期を分類して治療方法を変えていきます。
前立腺がんの治療法にはいろいろあります。手術で治す方法、放射線照射療法、内分泌療法。内分泌療法は、前立腺がんの特徴として男性ホルモンが悪さをするので、その男性ホルモンを薬で抑えてしまう治療法です。これは非常によく効きます。あと抗癌剤を使う化学療法。主な治療法は手術、放射線、内分泌療法です。。
その治療法を決める重要な要点は患者さんの年齢、全身状態、特に心臓・肝臓・肺臓・腎臓など他の重要臓器に疾患があるかどうか、一番重要ながんの病期(広がり具合)、そして患者さんの希望です。がんが見つかったらすべて手術にするということではなくて、患者さんの年齢や体力、がん病巣の広がり具合、患者さんの希望で、話し合って治療法を決めます。
病気の広がり具合によって目安となる治療法を挙げています。前立腺にとどまっている早期がん(病期A、B)では、前立腺を摘出する手術か放射線でやっつけてしまう治療法か、いずれかに大きく分かれます。前立腺から少し飛び出した局所浸潤がん(病期C)になると手術はなかなか難しく、転移がなくても手術を選ぶことは少ない。手術で前立腺をとったとしても、飛び出しているがんを取り残してしまう恐れがあるからです。病期Cでは手術の代わりに放射線療法や内分泌治療を選択します。男性ホルモンを抑える内分泌治療は非常によく効きます。既に転移があるがん(病期D)では全身に対する治療を行わなければなりません。前立腺だけ摘出しても転移したがん細胞が残っているために、全身に効かせることができる内分泌治療を主に行います。病気の広がり具合によって細かく治療を選択していきます。
a.手術(前立腺の摘出術)
手術が有効なのは基本的に前立腺にとどまった限局がんの場合です。前立腺と隣接する精?とを摘出します。前立腺を摘出すると中を通っていた尿道もなくなるので、全体に短くなります。そこで軽度の後遺症として尿道が短くなることによって締まりが悪くなることがあり、尿漏れをきたすことがあります。尿失禁は一時的なことが多く、日常生活に支障をきたすことは少ない。人によっては何年も尿漏れが続くことがありますが・・・。また前立腺の中を通っている射精管と性機能を司る神経を摘出するために、射精ができなくなったり勃起不全になったり、これらが合併症に挙げられています。とはいえ、手術はがんを体から完全に取り出すことができるので早期がんの根治療法と言えます。
b.放射線療法(強度変調放射線治療、小線源治療)
手術を選ばずに放射線治療を選択した場合。これも前立腺にとどまった早期がんに主に行われます。放射線を体の外側から前立腺に当てます。このときに前立腺の近くにある膀胱や直腸にも放射線が照射されて、ただれて血尿や血便が出てくることがあります。
最近では副作用を少なくした強度変調放射線治療という新しい放射線療法が日本でもできるようになりました。手術ができなくも放射線でがんそのものをやっつけてしまう新しい治療法です。これは限局がん、早期がん、転移のない局所浸潤がんが該当します。従来では周囲の膀胱や腸など正常な組織もがんと一緒に放射線を浴びていました。この方法ではいろいろな方向から前立腺の複雑な形に沿って細かく放射線を当てることができます。がんの近くにある正常な組織をできるだけ傷めないように、副作用が出ないように、この新しい放射線治療が最近行われるようになっています。
もう一つの新しい方法は小線源治療です。この方法は限局がん、早期がんが対象です。小線源とは直径0.5mm、長さ5mmくらいの筒型の容器にヨード125という放射性物質を封入したもので、米粒くらいの大きさの小線源を前立腺に埋め込みます。封入されているヨード125は前立腺の中でじわじわと放射線を出して、がんに照射してやっつけてしまいます。従来の放射線照射よりも前立腺だけに内側から照射するので、膀胱や腸など周りの臓器にはほとんど影響を与えません。
日本でも5年前に全国的に行われるようになりました。超音波で前立腺をみながら、小線源を通常80〜100カ所埋め込んでいきます。いったん埋め込んだ小線源はそのままで取り出すことはありません。手術ができない、手術をしたくないという方が手術の代わりにこの方法を選択されています。初期には一時的に前立腺がむくんで尿が出にくくなったり、出血することもあります。
これが小線源を入れた後の写真です。前立腺に沿って100個前後を入れます。これが内側からじわじわと照射して前立腺がんをやっつけていきます。アメリカではこの方法が前立腺がんの1/3の方で広く行われています。早期がんの場合、手術を選ぶか小線源治療を選ぶか、二者択一になるくらいまで普及しています。日本でも5年前に認められ、関西医大滝井病院も56施設目ですが認可が降りて2006年から始めています。現在何人もの方がこの治療法を受けておられます。
これは関西医大滝井病院で実際に治療をしている風景です。針で小線源を埋め込みます。麻酔下に行うのでほとんど痛みを感じません。3、4日で退院して日常生活に戻ることができます。手術でメスを入れることがないので、体の負担が少なく、早期に社会復帰できることが利点です。
c.内分泌療法
これはがん細胞の栄養となる男性ホルモンを抑えて前立腺がんの進行をくい止める全身的な治療法です。注射と飲み薬を使います。薬ですので前立腺だけでなく全身に効くことから、病期Dの転移した進行がんでも幅広く行うことができます。手術や放射線治療が体力など何らかの原因で受けることができない場合でも、高齢で病院に通えない場合でも、薬を使うだけですので体への負担を少なくできます。
前立腺がんは睾丸と副腎から出る男性ホルモン(テストステロン)によって増殖するので、薬で男性ホルモンを抑える、男性ホルモンを根から断つという治療法です。15年くらい前はこういう薬がなかったので、睾丸を手術で摘出していました。今では手術でわざわざ摘出することなく薬で治療することができます。主にお腹や肩に3カ月に1回、1カ月に1回のケースもありますが、皮下注射をするだけで男性ホルモンを抑えることができます。必要に応じて飲み薬を併用します。注射か飲み薬のいずれか、あるいは注射と飲み薬の両方を使って抑えることもあります。両方使うのをMAB(maximal androgen blockade)といって、完全に男性ホルモンを抑えてしまいます。
4.まとめ
(1)前立腺がんは男性特有のがんで、最近非常に増えています。
(2)尿の通り道にある前立腺にできるがんで、前立腺肥大症とはまた別の病気です。高齢男性に多く増えています。
(3)スクリーニングのためにPSA測定。血液検査を受けていただくことが健診の第一歩です。最近では自治体や会社でも広く集団健診が行われるようになってきました
(4)新しい治療法が開発され、早期にがんを見つけることができれば、年齢、体力にかかわらずその人に合った治療法を選ぶことができます。
(5)手術や放射線治療ができなくても体への負担の少ない内分泌治療ができます。
(6)がんにならないように予防することも大事です。まず日常生活の改善が重要です。動物性脂肪やコレステロールを控える、野菜や果物を摂ってバランスのよい食生活、そして適度な運動をする。日常生活から予防していけるがんと言えます。
前立腺がんに限らず予防、早期発見、早期治療は大事です。50歳を過ぎたら健診を受けることをお勧めします。ご静聴ありがとうございました。