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関西医科大学第10回市民公開講座
演 題:身近にある認知症の早期発見
木下 利彦先生(関西医科大学附属滝井病院精神神経科部長)
日 時:平成20年(2008年)2月2日(土))
関西医科大学附属滝井病院本館6階臨床講堂

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 演 者:木 下(関西医科大学附属滝井病院精神神経科部長)

 きょうは「身近にある認知症の早期発見」というタイトルで認知症のお話をいたします。きょうの話を聞いて認知症について理解を深めていただきたい。もしその可能性があれば、と置き換えて聞いていただいてもいいかと思います。

 最初にウィーンの美術史美術館にある小さな絵を持ってまいりました。西欧絵画の大きなテーマの一つとしてメメント・モリ(memory of death、死を記憶せよ)があります。このタイトルで数多くの画家が死を絵画にしています。この絵には‘女の三世代’というタイトルがついています。生まれたての赤ん坊、うら若き乙女、中年期の老人、その人生のプロセスを経て死を意味する骸骨が描かれています。骸骨が持っている砂時計は人の一生は有限であることを寓意にしています。死が見えていないうら若き乙女は鏡を見て自分の美貌に酔いしれていますが、骸骨(死)は乙女がまとっているベールを握りしめています。年を経ると死というものを意識するようになる、そういう意味をこの絵画は含んでいます。

 

  1.認知症とは

 認知症とは何か。「成人が脳の器質的障害によって広範かつ継続的に認知機能(記憶など高次脳機能、知能)障害が起こり、日常生活に差し障りが起きた状態」と定義されています。

 認知症は病名のごとく扱われていますが、状態を表している言葉だと理解していただきたい。ポイントは成人期以降で、認知機能に障害があり、それが日常生活に支障があること。認知症という状態を呈する病気にはいくつかあります。その代表がアルツハイマー病です。

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普通の人の物忘れ

 AAMI(age-associated memory impairment、加齢関連性記憶障害)

 健常高齢者に生じる記憶障害。

境界例

 MCI(mild cognitive impairment、軽度の認知障害)

  ‘痴呆’に移行する可能性が極めて高い。

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 早期には普通の生理的な物忘れと病気に少し足を踏み入れたケースがあります。今では生理的な物忘れをAAMI(age-associated memory impairment、加齢関連性記憶障害)、もう一つの境界例をMCI(mild cognitive impairment、軽度認知障害)と呼んでいます。MCIは進行せずにとどまるケースもあるんですが、半分以上はアルツハイマー病に移行していきます。

 認知症の進行をグラフで表せばこのようになります。左上の灰色ゾーンが先ほど言いましたMCIです。そこから正常老化に伴う生理的なレベルのまま症状が進行しないAAMIと認知機能が病的に落ちてアルツハイマー型痴呆に代表される認知症に移行してしまうケースと、両方あります。簡単な認知機能評価スケールには長谷川式などいくつかあり、数分でできます。このグラフはMMSE(mini-mental state examination)というアルツハイマーの簡易評価を使っています。30点満点で23〜27点あたりはMCIととらえます。この範囲にはもちろん進行しない人も進行してしまう人も含まれていますので、治療を始めたりさらに検査をしてどういう状態か調べたりします。アルツハイマー病に代表される認知症はその進行スピードにかなり違いがあります。一般的には老年期の初期に認知症を発症するとその進行スピードは速く、老年期の後期に起こると進行が遅い。

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 普通の人の物忘れ(AAMI、加齢関連性記憶障害

  原因:脳の老化

  状態:体験の一部を忘れる、進行しない、物忘れの自覚を持っている

   介護:不要

 痴呆の人の物忘れ

  原因:脳の病気

  状態:体験の全体を忘れる、進行する、物忘れの自覚を持たない

  介護:要

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 痴呆は病的なんですね。生理的な物忘れと病的な物忘れとの違いを対比すると、進行しない:進行する、自覚を持っている:持っていない。病的なレベルになると物忘れの自覚が持てなくなります。当然介護が必要になってきます。

 外来に「物忘れの検査をしてほしい」という方が来ることがあります。おひとりで来られるときはだいたいOKですね。家族が連れてくる場合、「きょうはどうして来られましたか」とご本人にお尋ねして、「子どもが連れてきた」とおっしゃると、だいたい病的なレベルです。

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単なる物忘れ

  記憶 :置き忘れ、食事の内容を忘れることがある

  見当識:人の名前が出てこない、場所がわかる、月日がわかる

  判断力:判断はできる、計算はできる

痴呆の物忘れ

 記憶 :内容のすべてを忘れてしまう、食べたことを忘れる

 見当識:人の顔を忘れてしまう、場所がわからない、月日がわからない

  判断力:判断ができない、計算ができない

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 もう少し具体的には、生理的な物忘れは例えば食事に関して、その内容を忘れることはあっても食べたこと自体を忘れることはない。病的になると食べたこと自体を忘れてしまいます。見当識に関しても人の名前が出てこないことはあっても人の顔を忘れてしまうことはない。顔を忘れてしまうことは病的なレベルと理解できます。場所がわかる、時間的なものがわかる、に対して病的になると場所も時間もわからなくなります。判断に関しても、判断ができるかできないかというのは非常に大きな違いです。

 図で説明すると生理的なレベルは点々と抜けてしまうという感じです。病的なレベルとなると帯状に抜けてしまいます。

 認知症にはどういう症状があるかというと、大きく分けて3つあります。

(1) 認知機能障害(中核症状)、(2)その周辺症状(行動と精神の症候)、(3)神経症候。このうち(1)と(2)と理解していいと思います。一番問題となるのは中核症状です。

 従来は中核症状と周辺症状が一体となったものと考えられていましたが、今ではこの3つの代表的な症状がお互いに結びついていると解されています。

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 認知機能障害〜中核症状(全般的に低下する)

 (1)記憶障害(認知症の中心となる症状):前行健忘(記銘)、逆行健忘(再生

 (2)見当識障害:時間、場所、人物

 (3)言語障害:流暢性、聴覚的理解、口語言語能力、換語障害、書字障害、復唱〜失語

 (4)構成障害:部分を空間に配置する行為能力

 (5)注意障害:前述(数字の逆唱、計算)

 (6)視覚認知障害:形態認知、空間認知〜失認

 (7)行為障害:失行(肢節運動、観念運動、観念、口部顔面、着衣)、反響行為、実行機能障害


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 中核症状は認知症の本丸の症状です。その中でも記憶障害は中心の中の中心です。時間、場所がわからなくなる見当識障害、言語障害では口数が非常に減ってくることが多い。流暢に言葉が出てこない。構成面では空間の認知ができなくなる。これはアルツハイマーでも特徴的な症状です。計算ができない。形態、空間の認知ができない。認知症の中ではアルツハイマー病の発生頻度が一番多いわけですが、アルツハイマー病の初期の特徴的な症状は記憶障害。古い記憶は保たれていますが、直前の記憶が全然保持できないという形の記憶障害が出てきます。もう少し進むと時間や場所の見当識障害が出てきます。その後、空間を理解することができずに迷子になるという空間の認知障害が出てきます。

 それはなぜかという理由を後で申し上げますが、認知症というのは頭の障害される部位が違っていて、その障害部位に応じた症状が分かれて出てきます。中核症状の周辺にある症状はかつては周辺症状と呼ばれていましたが、BPSD(behavioral and psychological symptom of dementia)という概念に変わりました。行動と心理学的な症状です。

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第1群

 A.精神症状:幻覚、妄想、抑うつ気分、睡眠障害、不安

 B.行動異常:攻撃、徘徊、不穏、無気力

第2群

 A.精神症状:誤認

 B.行動異常:焦燥、非常識な行動や逸脱行為、放浪、金切り声  

第3群

 B.行動異常:泣き叫び、暴言、意欲低下、繰り返し質問、つきまとい

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  周辺症状にはどういうものがあるか、皆さんご存じだと思います。認知症に伴って幻覚、妄想、抑うつ気分がよく出ます。興奮したり徘徊したり、イライラ、焦燥感もよくみられます。第1群は最も頻度の高い症状です。第2群、第3群ほど管理がしやすい。介護するのに問題になるのは第1群の症状で、薬で治療することが多くなります。幻覚、妄想、抑うつ気分には種類は違いますが、精神科で使う薬をよく投与します。睡眠障害には眠剤、不安症状には安定剤など、それぞれの症状に応じて薬で治療する場合が多い。もちろん薬剤以外に介護を工夫することも非常に大事になってきます。

 認知症にはいろいろな種類があります。頻度の一番高いのがアルツハイマー病で、アルツハイマー病に近いレビー小体病もあります。アルツハイマー病は頭頂葉から後ろが主に障害されています。前頭側頭葉型認知症(FTLD)は前頭葉が障害されます。ピック病という病名を耳にされたこともあると思います。頻度はアルツハイマー病ほど高くありませんが、前頭葉が障害される認知症です 

 私どもの病院の特殊外来に物忘れ外来があります。昨年5月から12月までの間に受診された認知症の患者さんはのべ1288人、その内訳はアルツハイマー病が859人と圧倒的に多い。MCI(軽度認知障害)63人、血管性認知症とアルツハイマー病がミックスしたタイプ46人、脳梗塞や脳出血に起因する血管性認知症32人、FTLD105人、6人と書いてあるのがレビー小体病です。またアルツハイマー病の患者さんに絞ってその重症度をみると、やはり中等度の方が一番多い。2番目が軽度、重度の方が外来に来られることは軽度、中等度に比べると少ない。

 認知症は障害される部位によって症状が異なります。前頭葉が障害されるケース。アルツハイマー病は頭頂葉のこのへんが最初に障害されて、そこから側頭葉に広がっていきます。レビー小体型は後頭葉が主に障害されます。

 

  2.認知症の早期発見

   早期発見にはまず一番多いアルツハイマー病について理解を深めることから始まります。

   アルツハイマー病の発症年齢は一般的には65歳以上が多いわけですが、2〜3割程度若年性アルツハイマー病があります。若くして発症すると当然進行が速い。グラフにあった速いタイプは若年発症のケースが多い。若年発症とは65歳までに発症した場合と定義されています。

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 アルツハイマー病の病態機序

   →老人斑、アミロイドβの沈着

   →神経原線維変化、タウのリン酸化

   →神経細胞死

   →認知症

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 アルツハイマー病の病態についてかなり研究が進んできています。脳内に存在しないアミロイドの変性した形の物質が脳内にたまって、それによって脳の神経細胞が死滅すると考えられています。神経細胞がどんどん死んでいくことで脳が萎縮します。本来ならほとんど存在しない物質が姿を変えて死を導き出す物質となり脳にたまっています。アミロイドβ、老人斑、神経原線維変化というところまでわかってきました。

 以降の画像はアルツハイマー病研究会(JAAD)からの引用です。本来ない物質が脳にたまり、神経細胞が死んでしまうことによって脳の萎縮、全体の脳自体が縮んでいきます。脳室も開いていきます。脳実質が少なくなることによって、外からも縮みますし、中からも開いてきて、全体的に脳の重量が落ちてきます。

 側頭葉にある海馬が縮むのはアルツハイマー病のもう一つの大きな特徴です。海馬は記憶を貯蔵する役割をしています。直前に起こった情報が海馬にたまるわけですが、ここが萎縮することによってその情報がたまらない。ということで直前の記憶障害が出ます。古い記憶は海馬を経由して他の部分にも貯蔵されているので保たれています。最近の記憶が障害されるのがアルツハイマー病の初期症状です。

 こちらは同じ冠状断のMRI画像です。物忘れの検査にきていただくとMRIの画像を撮ります。この画像は典型的なケースです。左は正常な方、左はアルツハイマー病を発症し方、健常者と違いますね。海馬がかなり縮んでいます。早期発見しようと検査するときにはここまで縮んでいませんが、正常に比べて海馬が多少小さくなっていることが多い。

 MRIはスライス(切り方)によって画像が変わってきます。これは脳を横に切ったときの像です。ここにある海馬は正常に比べて縮んでいます。海馬を見るには前の冠状断のほうがわかりやすいですね。

 これは脳の血流を測るSPECTという検査です。検査に来ていただくと、一般的には最初にMRIとSPECTの検査をします。MRIは脳の形をみる、形態の検査です。SPECTは脳の血流ですから、脳の機能検査とご理解ください。脳の後部帯状回の血流が低下しています。これが初期に起こってきて全体的に血流低下が広がっていきます。

 脳細胞を染色をすると、萎縮が起こる原因である本来若いときにはなかったこういう物質が出てきます。黄色の矢印はアミロイドβが主成分の老人斑、黄緑色が神経原線維変化です。こういう変化が起こって神経細胞がどんどん死滅して少なくなってきます。脳脊髄液中の異常タンパクもアルツハイマー病を発症した段階で正常の人よりもふえていますし、進行するにしたがってふえていきます。こういう形で異常タンパクが出てきて変性を来します。

 アルツハイマー型認知症の病理像と臨床像との関係を模式図にすると、このようになります。記憶障害等の中核症状は最初の変化が出てきた段階(前臨床段階)から出てくる症状ではなく、脳神経細胞がかなり減って初めて出てきます。そしてMCI、さらにアルツハイマー病へ移行していく段階で顕著になります。当然この段階になると神経細胞の脱落も顕著に表れてくるので、MRIやSPECTによる画像診断がこの段階で初めてできます。

 アミロイドイメージングは今は臨床で実施できる段階ではありませんが、先ほど言いましたアミロイドβなど異常タンパクが存在しているかどうかを抗体を使って放射線的に判断する検査法です。この検査法はもう数年先には実施できると思います。

 アルツハイマー病を初期の段階で見つけて診断をつけることは大事です。MRIでもSPECTでも画像診断は病態がかなり進んだ段階でないと区別できないのが現状です。ですから、以前と比べて様子が違ってきた、いつ頃から、どのように、というご家族からの情報がかなり参考になります。

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アルツハイマー型認知症の初期徴候

1.新たにインプット(記銘)できない

 1) 会話中に電話をすませた後で元の会話が思い出せない

 2) 電車に乗っていて目的地を忘れる

 3) 駐車場のどこに停めたか思い出せない

2.失認、失行からみで

 1) 方向感覚の悪さ。見知らぬところで運転中に道に迷う

 2) 着衣の乱れ、ネクタイを結びにくい

3.家事など

 1) 料理が簡単、メニューが少ない(遂行機能障害の恐れ)、味覚の変化

 2) 同じものを何度も買う

4.感情面

 1) うつやアパシー(やる気のなさ)で始まる例も多い

 2) おどおどした自信のない態度

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 こういう点を注意していただくといいと思います。特に特徴的な症状としては新たな情報が記憶できない、保持できない。会話中にかかってきた電話を済ました後に元の会話を思い出せない。電車に乗っていて目的地を忘れる。駐車場のどこに止めたか思い出せない。このようなことはかなり問題です。道に迷う。ネクタイを結べない。家事に関してはメニューが非常に減ってくるのが一つの危険信号です。同じものばかり作るようになり、材料も同じものばかりを買ってしまう。もう一点、味付けがかなり変わるのも危険信号です。アルツハイマー病に限らず認知症は多くの場合味覚が変わるのも一つの特徴です。奥さんがアルツハイマー病になった場合、ご主人が奥さんの味付けが変わったことで最初に気づくこともあります。感情面での問題点。やる気のなさで始まる。特に前頭葉が萎縮する認知症の場合、前頭葉は活動性に非常に関与しているので、一見うつと見間違えるようなケースが多い。活動性が落ちると、それがうつなのか認知症なのか区別できない場合があります。

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初期痴呆症候観察リスト(OLD)

(1) いつも日にちを忘れている

(2) 少し前のことをしばしば忘れる

(3) 最近聞いた話を繰り返すことができない

(4) 同じことを言うことがしばしばある

(5) いつも同じ話を繰り返す

(6) 特定の単語や言葉が出てこないことがしばしばある

(7) 話の脈絡をすぐに失う 

(8) 質問を理解していないことが答えからわかる

(9) 会話を理解することがかなり困難

(10) 時間の観念がない

(11) 話のつじつまを合わせようとする

(12) 家族に依存する様子がある

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 初期認知症の観察リストのうち、(8)は何とか話を作ろうとするのですが、質問に対して的確な答えになっていないケースが多いです。(12)、自分では最後まで解決できないので家族に丸投げしてしまう場合、多くは困るとすぐに家族に顔を向けます。

 先ほどは関西医大の物忘れ外来の認知症の分布を提示しましたが、JAADのまとめによれば、認知症の半分、48.7%が純粋な形のアルツハイマー型認知症です。脳血管障害を伴うアルツハイマー病が27.6%、その他の病理変化を伴うアルツハイマーが23.7%。その他の病理変化には前頭葉が障害された前頭葉型や他の要素を伴ったアルツハイマー病が含まれ、ミックスされたケースが存在します。ただ最近では、血管病変があっても診断名はアルツハイマー型認知症と診断するようになってきています。

 アルツハイマー型認知症と血管性認知症との違いはよく言われることですが、アルツハイマー型認知症では知的機能障害がなだらかに進行していくのが特徴です。血管性の認知症は階段状に、ある時点でガクッと落ちて、しばらく進行がなくてある時点で再びガクッと落ちます。アルツハイマー型は頭頂葉から側頭葉にかけての障害が多く、血管性は脳梗塞や脳出血が起こった場所に対応した障害、中でも前頭葉の機能低下で認知症を起こす場合が多い。血管性の障害を伴うアルツハイマー型認知症にはもちろん脳血管障害があります。それはMRIやCTでそういう所見があるかどうかで判断しますが、血管病変があると階段状の進展の仕方をします。

 MRIでみると、アルツハイマー型では海馬の萎縮と脳全体の萎縮がわかります。血管性では場所によって梗塞巣が見つかります。これが前頭葉型で、前頭葉に限定した萎縮が起こります。ピック病の頻度はアルツハイマー病より少ない。前が障害されるケースと後ろを中心とするケースはMRI像をみると典型例ではすぐに区別ができます。

 SPECTでみると、脳の血流は前頭葉型の認知症では当然前頭葉の血流が落ちています。脳血管性の場合はさらに梗塞部位に血流の低下を認めます。アルツハイマー型では後ろのほうの血流の低下が認められます。SPECTの画像でも障害される部位が違うので、アルツハイマー型と血管性の区別ができます。

 

3.認知症の治療と予防

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・認知症機能障害に対する治療:ドネペジル、(ワクチン) 

・BPSD(周辺症状)に対する治療

・その他:消炎鎮痛剤、ビタミンE、女性ホルモン、イチョウ葉エキス 

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 治療について。アルツハイマー病に関しては一つだけ、ドネペジル(商品名アリセプト)という薬が適応を取っています。お手元の資料を作成したエーザイという製薬会社が開発しました。ただこの薬に認知症になる前のレベルにまで戻す効果があるかというと、答えはノーです。今の状態を進行させないほどの効果があるかというと、それもノーです。残念ながら進行を多少遅らせるという程度です。少し前にNHKで認知症の特集が放映されました。進行がずっと止まっている患者さんも報道されていたと思います。確かにそのような患者さんはまれにはいますが、一般的にはそこまでではあまりせん。

 今後期待できる薬、一番期待したいのはワクチンですね。本来存在しない異常タンパクが脳内にできて神経細胞が破壊されるわけですから、その異常タンパクを除去するか発生させないようにするワクチンを期待したいし、今開発中です。それができるとかなり効果的だと考えられます。ただ副作用に脳炎の問題があります。かつて開発された初代のワクチンは実は脳炎が発生して開発が中止されました。今回は脳炎の発生を抑えるべく研究が進められていて、希望的な観測ですが、数年以内に出る可能性があります。そういうワクチンが早い段階でぜひ出てきてほしいものです。

 周辺症状の幻覚、妄想、うつ、不眠などには既存の薬がたくさんありますが、中核症状に対して絶大な効果がある薬は現時点ではありません。

 今までにぼけ防止に効果があると言われていた薬があります。代表的な薬は消炎鎮痛剤、わかりやすく言えばボルタレンなどの痛み止めです。痛み止めを毎日のように飲んでいるリウマチの患者さんは認知症になる率が少ないことから、昔から痛み止めは効果があると言われています。ただ痛み止めは飲みすぎると胃に負担があり、リウマチでもない方がずっと痛み止めを服用するのはよくない。その他にビタミンE、女性ホルモン。イチョウ葉エキスも昔から認知症の予防になると言われています。ただ消炎鎮痛剤の認知症への効果について偽薬を使った大規模な比較試験がアメリカで行われましたが、有意差をつけた試験もあり有意差がなくて効果が実証されない試験もあり、クエスチョンがついています。 この図は先ほどのアリセプトを開発したエーザイ社の資料から引用しています。アリセプトで治療すると軽度のまま維持する比率がふえていますから、ある程度進行をブロックする効果があります。

 薬による治療以外にどういうことをするといいか。できるだけ人との接触をふやす、特に家族以外の人と接する機会をふやすことがいいと言われています。それと体を動かす、いろいろなところに機会があれば出かける、ゲームやパズル、麻雀もいいでしょうね。

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 認知症の予防と生活環境

 1. 家族や友人と会ったり社会参加しやすい環境

 2. 定期的な運動

 3. 物忘れをはじめとする定期的な健康診断

 4. 禁煙(受動喫煙対策も)

 5. リラックスでき、転倒しにくい住環境

 6. 危険が少なく、環境に配慮した交通環境

 7. 適度な飲酒(1日2合まで、週に1日は休肝日)

 8. バランスよく適度な食生活と安全な食環境(口腔ケアも重要)

 9. 日々を楽しみ、日記や家計簿をつけ、計画を立てる

 10. 前向きな考え方とそれを支える人間関係

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 この10項目を理解してやっていくと効果があると考えられています。

 ご静聴ありがとうございました。

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