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関西医科大学第10回市民公開講座
演 題:こわい脳卒中−その治療と予防−
淺井 昭雄(関西医科大学附属枚方病院脳神経外科教授)
日 時:平成20年(2008年)4月19日(土))
関西医科大学附属枚方病院13階講堂

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 演 者:淺 井(関西医科大学附属枚方病院脳神経外科教授)

はじめに

 きょうは怖い脳卒中、その治療と予防についてお話ししたいと思います。おそらく皆さんは、どういう症状が出たら脳卒中と考えたらいいのか、どういう人が脳卒中になりやすいのか、脳卒中になるとどうなってしまうのか、脳卒中を予防するにはどうしたらいいのか、そのへんに一番興味を持っていると思います。そこに重点をおいてお話ししたいと思います。

 脳卒中とは、「脳」は文字通りの脳、「卒」には突然という意味があります。率然とも言いますし、突然倒れることを卒倒と言います。「中」は中毒の中で、あたって具合が悪くなることを意味します。したがって脳が突然何かにあたって具合が悪くなるというのを総称して脳卒中と呼んでいます。

 平均寿命が80歳を超えるのが最近では当然のように言われていますが、我が国では平均寿命が50歳を超えたのは実は昭和22年、それほど時間が経っていない。60年ぐらいの間の医療の進歩がそれにいかに貢献したかと思います。江戸時代初期の平均は30歳くらいだったと言われています。

 具体的には、新聞、テレビ等のマスコミでよく取り上げられているクモ膜下出血、主に高血圧による脳出血、それから脳梗塞、この3つをまとめて脳卒中と呼んでいます。ですから脳卒中には血管が破れて出血するクモ膜下出血と脳出血という病気と血管が詰まって血管が養っている脳が死んでしまって障害が出る脳梗塞という病気の両方を含んでいます。

 

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  脳卒中の自覚症状は?

 1.突然、頭痛がする、頭を突然ハンマーでなぐられたような頭痛

 2.突然、片側の手足の力が入らなくなる

 3.突然、ろれつがまわらなくなる

 4.突然、片方の眼の前が真っ暗になり、しばらくして回復する

 5.突然、ものがダブって二重にみえる

 6.突然、片方のまぶたが垂れたまま開かない

 7.突然、新聞を読むときに片側が読みづらくなる(同名半盲) 

 8.突然、意識がなくなって回復しない 

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 脳卒中で気になる自覚症状を挙げています。これは非常に大事ですので、皆さんぜひ頭に入れて覚えて帰ってください。このような症状が出たらすぐに病院あるいはかかりつけのお医者さんに行ってください。まず症状は突然始まります。さっきまで何もなかったのに急に何かかが起こる、この「突然」が非常に大事なポイントになります。

 「1.突然、頭痛がする」。さっきまで普通にしていたのに突然ガーンという頭痛がくる、これが大きな特徴です。この頭痛はほんとうに頭をなぐられたような頭痛です。実際にクモ膜下出血になった患者さんの話をうかがうと、「ほんとうになぐられたような頭痛」、「今までに経験したことがないような頭痛」と表現されます。頭痛でも「頭を締めつけられるような」、「頭が重い」、「キリキリする」、「ガンガン」などいろいろな表現をされる患者さんがいますが、そういう頭痛ではありません。ほんとうにドンとくるものすごい頭痛のようです。そういう頭痛を経験すると、救急車を呼んだほうがいいです。病院に来て診断、治療をすることが大事です。

 「2.突然、片方の手足の力が入らなくなる」。ここでは「片方」というのが非常に大事です。両手がしびれる、両手の力が入らないというのは脳卒中ではありません。脳卒中は片方で、かつ手と足がほぼ同時に起こることが多い。片方の手だけ、片方の足だけだと脳卒中ではないというと、そんなことはないのですが、脳卒中の場合には必ずと言っていいくらい手足です。手に強い場合もあり足に強い場合もありますが、大なり小なり手と足です。これは脳出血と脳梗塞の症状です。  

 「3.突然、ろれつがまわらなくなる」。口、舌、喉を動かす筋肉が麻痺するとろれつがまわらなくという症状が出てきます。それと同時に、口のわきから涎(よだれ)をぽろっと垂らしたり、ものを飲み込みづらいという症状も出てきます。これは主として脳梗塞、脳出血の症状です。

 「4.突然、片方の眼の前が真っ暗になる」。あれっと思って、どちらの眼だろうと探ってみると片方だけが暗くなる。しばらくすると回復することがあります。これは黒内障という症状です。白内障、緑内障など眼の症状をいうときに○○内障と呼ぶように、黒内障は眼の前が暗くなって見えなくなる症状からこの名前が付いています。これは頸動脈が今にも詰まりそうなときに起こる前触れの症状で、非常に大事です。脳卒中には前触れがほとんどないのが特徴ですが、ごくわずかの前触れがあります。それを見逃すと、この場合では脳梗塞になってしまいます。この前触れの症状を絶対に見逃さないように。

 「5.突然、ものがダブって二重にみえる」。これは眼を動かす筋肉に命令を出している神経の片方が麻痺しています。眼はものを見るときには必ず左右が協力して見ているので、片方が麻痺すると麻痺した側の眼が協力できなくなって、二重に見えるようになります。「ときどき二重に見える」、「ぼけて見える」という患者さんがいますが、僕はあまりあてにならないと思っています。「ときどき」というのはない、二重に見えるとしばらくはよくなりません。右側か左側かどちらか片方に向いたときに二重に見える見え方が強くなるのもこの特徴です。 

  これはクモ膜下出血と脳梗塞の症状です。ダブって二重に見えるという症状が出たら、特に脳外科のある病院で早くきちんと診断をつけたほうがいい。脳梗塞の場合には発症後の症状のことが多いのですが、クモ膜下出血の場合にはこれからドンと大きな出血があるという前触れになります。数少ない脳卒中の前触れの一つです。

  「6.突然、片方のまぶたが垂れて開かない」。我々は気づいていませんが、我々が眼を開けるためにはまぶたを挙げる筋肉が働いています。その筋肉に指令を出す神経が麻痺すると、たれてしまいます。ものが突然二重に見えるようになると同時に出てくることが多く、これも脳梗塞の症状であり、クモ膜下出血の前触れです。

  「7.突然、新聞を読むときに片方が読みづらくなる」。新聞を読んでいて気づく方が結構多い。新聞は大きく広げて読みますから、右側、左側が見えるわけですが、どうも片側が見づらい。例えば左のページの半分が見えないという症状が突然起こる場合があります。我々はこれを同名半盲と呼んでいます。「名」は右または左という意味で、左側が見えにくいか右側が見えにくいか、そのどちらかが起こります。

 新聞を読んでいる人はその時に気がつきますが、そうでない人は意外と気がつかないことが多い。知らずに車を運転したり自転車に乗っていて事故を起こしてわかることがあります。例えば左側の視野が全く見えないとき、左側から車が飛び出してきても気がつかない。事故を起こして運ばれてきて、検査をしたら脳梗塞が見つかったということもあります。そのときは手遅れです。突然片側が見づらくなるというのは脳梗塞か脳出血の症状です。この症状が出たら、とにかくすぐ救急車を呼んで脳外科か神経内科のある病院に運んでもらうことが大事になってきます。

 「8.突然意識がなくなって回復しない」。自覚症状かどうか、意識がなくなると自覚症状もクソもないのですが。これは本人ではどうしようもない、周りの人に救急車を呼んで運んでもらうのに任せるしかない。意識のない人を放ったらかしにする人はいないと思いますので、強調することはないかもしれません。クモ膜下出血と脳出血の症状です。

 ただ意識がなくなって、しばらくして回復して普通に活動できるという短時間に意識がなくなる発作があります。2週間前に同じような症状があった、4、5日前にも同じよう発作があったなど、これを繰り返す場合には脳梗塞の前兆の可能性が十分あります、すべてとは言えないのですが。こういう場合にも放っておかないで専門医の診断、治療を受けたほうがいい。

 以上が脳卒中の主な症状です。非常に大事な症状ですから後でおさらいします。

 

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 こんな自覚症状は脳卒中?(脳卒中でないことが多い例)

 1.手先や足先がしびれる。

 2.朝起きようとしたら頭が枕に吸いつけられるようなめまいがして起きられずに吐いた。

 3.突然、顔の片方がマヒしてゆがんでしまった。(顔面麻痺)

 4.突然、片方のまぶたや同じ側の口元がピクピク動き始めた。

 5.歩いていてときどきふらふら(ふわふわ)した感じがする。(浮遊感、浮動感)

 6.ときどきフーっと気が遠くなるような気がする。 

 7.ときどき顔や頭がカーっとのぼせるような気がする。

 8.後頭部がときどき熱いあるいは重い感じがする。

 9.後頭部でプチッと血管が切れるような音がした。

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 我々の外来には、「これは脳卒中の症状ではないか」と心配されて、いろいろな症状を持った患者さんが来て訴えられます。その主なものをピックアップしましたので、それについて説明いたします。

 「1.手先や足先がしびれる」。これが一番多いです。先ほど私は手足に力が入らなくなるという話をしましたが、このしびれは脳卒中の可能性を示唆する症状ほど強い症状ではありません。例えば手先がしびれる場合でも、両手なら頭の病気ではない。片方でも手だけ、足だけがしびれるなら、脳卒中の可能性はかなり低い、ないとは言い切れませんが。ところが半身、つまり片方の手と足がしびれる場合には脳卒中の症状として非常に重要な意味があります。しびれに関しては片方の手足のしびれと覚えておいていただきたい。

 「2.朝起きようとしたら頭が枕に吸いつけられるようなめまいがして起きられない。無理をして起きたら吐いてしまった」。これは回転性めまいで、朝起きたときによくあります。実はこの9割以上は耳の問題で、内耳の三半規管か前庭機能の障害で起こってくることが多く、最終的には耳鼻科で治療することになりますが、脳卒中の可能性も1割あります。脳出血、脳梗塞でもめまいが起こることがあります。一時的に治まることが多く、半日くらい寝ているとたいていの人はよくなります。よくなった場合でも一応脳外科か神経内科の専門医を受診して、脳卒中でないことをきちんと診断してもらったほうがいいと思います。

 「3.突然、顔の片方がマヒしてゆがんでしまった」。これを我々は片方の顔面麻痺と呼んでいます。顔の筋肉を動かすのは顔面神経で、顔面神経にウィルスが感染してその神経が麻痺してしまいます。顔面神経が風邪をひいた状態と想定してくだされば。実はこの9割以上がウィルス感染ですから、基本的には耳鼻科で治療します。ただこれも1割くらいの可能性で脳卒中が原因となっていることがあるので、脳外科か神経内科の専門医を受診したほうがいいと思います。

 「4.突然、片方のまぶたや同じ側の口元がピクピク動き始めた」。眼の周りがピクピクすることがあります。顔の筋肉が痙攣しはじめたんですね。大事なことはここでも片方かどうか。脳卒中の場合、たいていは片方です。これは実は顔面痙攣という病気で脳卒中とは関係ありません。ただ顔面痙攣を起こすには脳腫瘍のようなそれなりの理由が考えられます。脳卒中ではないので急ぎませんが、きちんと脳外科の診察を受けたほうがいい。

 「5.歩いていてときどきふらふら(ふわふわ)した感じがする」。よくある症状で、浮遊感、浮動感と呼んでいます。皆さんにもこんな症状があると思いますが、これは脳卒中の症状ではありません。ある程度年配の方になると血圧が高い方が多い。そういう方が血圧を下げる薬を飲んだり、体調によっては血圧がぐっと下がるときがあります。血圧が低くなると脳の血のめぐりがちょっと悪くなり、このような症状を出すことが多い。そのときには横になるとか座るとか、しばらく休むと消えるので、そんなに心配することはありません。

 「6.ときどきフーっと気が遠くなるような気がする」。これも脳卒中の症状ではありません。これも血圧の関係で起こってくることが多く、こういう症状があるときには少し休めばそれで問題ないと考えます。

 「7.ときどき顔や頭がカーっとのぼせるような気がする」。これも脳卒中の症状ではありません。血圧を下げる薬の中には血管を拡張させる作用の薬があります。高血圧の人が血管拡張薬という血圧を下げる薬を飲むと、顔や頭の血管はその薬の作用のために拡張します。血のめぐりがよくなって、逆にのぼせたような症状が出てきていると考えられます。

 「8.後頭部がときどき熱いあるいは重い感じがする」。これも脳卒中の症状ではありません。大方の場合、肩こりからくるのではないかと。肩こりは肩や頸の筋肉が緊張して硬くなり、そのために痛みが出てきます。それに付随した頭痛ですね。後頭部が何となく重い、痛い、締めつけられるような感じがするというのと同じような原因で起こっている症状です。これも心配することはありません。

 「9.後頭部でプチッと血管が切れるような音がした」。テレビ等で聞いて心配しておっしゃるのかもしれませんが、これも脳卒中の症状ではありません。最初にクモ膜下出血のときには頭がなぐられたような痛みがあると申し上げました。脳血管には神経があって、血管が破れるときには激痛がします。それがクモ膜下出血の頭痛の痛みです。血管がほんとうに切れていたらプチッという音だけではすみません。激烈な痛みが必ずありますので心配することはないと思います。 

 脳卒中になる前触れの自覚症状は基本的にはほとんどありません。片方の手足の力が入らなくなる、ろれつがまわらなくなるなど、そういう脳卒中の症状が出た場合、一時的ですぐによくなることがあります。治ったことは非常にラッキーですが、一時的にしろ症状が出たことが非常に大事です。それが脳卒中の前触れとなり、また繰り返す可能性が十分あります。脳卒中の症状が出たときにはよくなっても必ず専門医を受診するようにしてください。


 自覚症状をもう一度まとめます。すべて「突然」がつきます。突然の頭痛。突然、片方の手足に力がはいらなくなる。突然、ろれつがまわらなくなる。突然、片方の眼が見えなくなる。突然、ものが二重に見えるようになる。突然、片側が見づらくなる。突然、片方のまぶたが垂れて眼が開かなくなる。突然、意識がなくなる。

 

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 どんな人が脳卒中になりやすい?

 1.高血圧の人

 2.糖尿病がコントロールできていない人

 3.高脂血症の人

 4.肥満の人

 5.喫煙者

 6.心筋梗塞や狭心症にかかったことのある人

 7.不整脈(心房細動)のある人  

 8.血縁に脳卒中の人がいる人

 9.アルコール過飲の人

 10.自分の健康に関心の薄い人


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 皆さんのこれからの生活と生活習慣を考えるとき、これは非常に大事なポイントになってきます。こんな人が脳卒中になりやすい。 

 「1.高血圧の人」。高血圧は諸悪の根源です。たくさんある生活習慣病の一つですが、高血圧は脳卒中の非常に大きな危険因子です。高血圧の最新の定義は上が140mmHg以上、あるいは下が90mmHg以上。例えば上が130mmHgで下が95mmHgなら高血圧ですからしかるべき治療をきちんと受けないといけない。降圧剤や利尿剤、ときには鎮静剤などを飲んで血圧を下げる治療をしないといけない。

 高血圧が脳卒中にどれだけ関与しているかというと、クモ膜下出血の発症率は高血圧のない人に比べて9倍に、脳梗塞の発症率は4倍に、脳出血の発症率にいたっては10倍以上です。高血圧はきちんと治療しないといけない病気です

 我々が高血圧の薬を出しながら話を聞いていると、高血圧は治ると思っている人がかなりいますが、高血圧は治る病気ではありません。血圧が落ち着いて安定しても、服用を勝手にやめることは絶対にしないでください。高血圧は血管の老化が原因で、血管が硬くなって血圧が上がってきていますから、顔のしわがとれないように血管の硬さもとれません。薬を飲んで血圧を下げているだけで、薬をやめるとまた上がります。血圧の薬はいったん飲み始めると、これは一生のつきあい、死ぬまで飲むと考えておいてください。 

 「2.糖尿病がコントロールできていない人」。糖尿病と言われたら、糖尿病を放ったからしにしている患者さんはいない、どこかの先生にかかって治療されていると思います。その治療が十分にされていないと脳卒中の危険性が非常に上がってきます。糖尿病のコントロールができているかどうかの指標はヘモグロビンA1c(HbA1c)、この言葉を聞いたことがあると思います。糖尿病の方はおそらくご存じでしょう。このヘモグロビンA1cの値が非常に大事です。ヘモグロビンA1cが6.5%以上だと糖尿病がコントロールできていないことになるので、脳卒中の危険性がぐっと上がります。具体的には脳梗塞は糖尿病がコントロールできている人と比べると倍に上がります。

  「3.高脂血症の人」。コレステロール、特に悪玉のLDLコレステロールが140mg/dL以上、善玉のHDLコレステロールが40mg/dL以下、中性脂肪が150mg/dL以上、このどれか一つでも満たしていると高脂血症と診断されます。こういうときにはまず食事が大事です。高齢の方で肉をパクパク食べている人はそんなにいない、魚のほうが多くて、肉や油ものを制限してもコレステロールは下がってこないだろうと僕は内心思っています。LDLコレステロールが高い方はきちんとコレステロールを下げる薬を飲んだほうがいいだろうと考えます。高脂血症の人は脳梗塞の危険性がぐっとあがって、高脂血症でない人の1.4倍なりやすい。

  「4.肥満の人」。自分は大して太っていないとお考えの人もいると思います。ここに書いてあるBMI(body mass index)は具体的には体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)ですね。例えば身長170cm、体重70kgの人では

 70÷1.7÷1.7=24.2という値が出ます。このBMIの値が25以上を肥満と定義しています。この計算が面倒という方には肥満の一つの指標としてウェスト周囲が重要視されています。肥満でも皮下脂肪が多い肥満と内臓脂肪が多い肥満があり、男性では皮下脂肪はあまりなくて意外と内臓脂肪をためている方、見た目には体格が比較的普通でも内臓脂肪がいっぱいの方がいます。その内臓脂肪の多い・少ないを評価する値として、ここでいう肥満はウェスト周囲と考えていただいたほうがよろしいかと思います。男性は85cm以上、女性は90cm以上あれば肥満と呼んでいいと考えています。皆さん帰宅されて測ってみてください。男性で85cm以上あると要注意になります。

 肥満は脳梗塞の危険因子として直接には働きませんが、高血圧、糖尿病が脳卒中の危険因子であり、肥満の人は高血圧になりやすい、糖尿病になりやすいということを考えれば、間接的に肥満も脳卒中の危険因子になります。

 「5.喫煙者」。最近はタバコを吸う方を見かけなくなってきました。働き盛りの人はタバコを吸えない職場環境になってきていますから、むしろ高齢の方や若い世代で吸っている人が多いような、二相性になっていると私は考えています。喫煙は脳梗塞の発症率を2倍にふやします。クモ膜下出血では4倍になります。例えば1日10本以下だからいいだろうということはない。10本以下でも20本以上でもクモ膜下出血の発症率は変わらないというデータがあります。タバコは吸わないことが大事だと思います。

 「6.心筋梗塞や狭心症にかかったことのある人」。脳卒中は血管の病気ですので、動脈硬化が背景にあります。動脈硬化は脳の血管だけでなくて心臓の血管、足の血管など体のいたるところの血管で起こっていますから、心筋梗塞や狭心症になったことがあるということは動脈硬化がかなり進んでいる大きな指標にもなります。もちろん脳卒中、特に脳梗塞に10倍以上なりやすい。

 「7.不整脈(心房細動)のある人」。特に心房細動、心房が不規則にピクピクと痙攣するような状態の拍動をする不整脈です。心房細動のある人はない人に比べて7倍脳梗塞になりやすい。かかりつけのお医者さんに心房細動がありますねと言われたら、しっかりした循環器内科できちんと診断して、しかるべき治療を受けないと危険です。心房細動で脳梗塞を起こす患者さんがたくさんいます。私もたくさん治療していますが、いったん脳梗塞を起こしてしまうとそれでアウトですから、その前に予防しなければならない。

 「8.血縁に脳卒中の人がいる人」。例えば親、兄弟、おばあさん、おじいさん、おじさん、おばさんに至るまで、血縁者に脳卒中になった人がいる場合には脳卒中になる危険率が上がります。特にクモ膜下出血は血縁にそういう人がいるとほぼ10倍近く起こしやすくなります。一方、脳梗塞は血縁にはあまり影響なく、親が脳梗塞で亡くなったり寝たきりになったという場合でも、子どもが脳梗塞に必ずしもなるとは言えません。クモ膜下出血ははっきりと血縁者との関係がありますので、もし肉親や血縁者にそういう方がいれば脳外科を受診してください。MRA検査でクモ膜下出血を起こす原因となる動脈瘤を調べることができます。見つかれば治療を考えますし、見つからなければ、それはそれでよかったということです。 

 「9.アルコール多飲・過飲の人」。これを自分で書いていながらくすぐったい感じがしました。日本酒なら1.5合、ワインなら200mL以下、これが適量と言われています。それ以上飲むと、特に毎日それ以上飲む習慣のある方ではクモ膜下出血の発症率は5倍、脳出血の発症率は3倍になります。ただ脳梗塞の発症率は適量ならばむしろ下がるとも言われ、程よいお酒は脳卒中にはいいということになります。 年配の方は脳卒中になりやすい世代ですが、このグラフを見るとおわかりかと思います。50代になると脳梗塞を発症する患者数がぐっとふえてきます。特に脳梗塞は高齢になればなるほど発症率は上がってきます。

 「10.自分の健康に関心の薄い人」。これは教科書にも文献にも書いていないことで、私が患者さんを診ていて感じることです。脳卒中に限らず、他の病気にも言えることかもしれません。救急車で運ばれてくる人で、どこかできちんと治療を受けていた人はまずいないですね。こんな高血圧をなぜ放っておいたのか、こんなひどい糖尿病で今まで生きてこられたなあ、という患者さんが多いという印象があります。自分の健康に関心を持っていただきたいと思います。

 脳卒中の危険因子のまとめです。高血圧、糖尿病、高脂血症、このあたりはきちんと治療を受けなければなりません。肥満、喫煙、アルコールは生活習慣でかなり改善できます。自分で考えて自分で節制してください。自分の健康に関心を持ちましょう。きょうお集まりの方々は健康に関心があって来られていますが、ご近所できょうは来られなかった方や、興味がない、関係ないと豪語されている方にはぜひきょうのお話をしていただきたいと思います。  

 

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 脳卒中がなぜ怖いのか (発症から1年後の状態)

  ・死亡         20%

  ・寝たきり       14%

  ・部分介助       14%

  ・一部不自由だが自立  28%

  ・完全自立       24%

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 心臓の病気には命に直結する病気が多いのですが、脳卒中の場合はそれほど生命に直接かかわることは少なく、死亡率は心臓の病気に比べて高くない。問題になるのは寝たきりや介助ですね。生活するのに介助が必要となってしまうことが怖い。死亡+寝たきり+部分介助を加えると5割になります。脳卒中になってしまうと、5割の人は何らかの不自由な生活を強いられます。次に具体的にクモ膜下出血と脳出血と脳梗塞の話をしたいと思います。

 

 クモ膜下出血 

 クモ膜下出血とは前頭葉や側頭葉など脳と脳との間にある太い血管が破れて出血した病気です。太い動脈が突然破れるわけではなくて、それにはそれなりの理由があります。それが動脈瘤という病気です。

 クモ膜下出血を起こしやすい人は、一つには女性は男性に比べてクモ膜下出血を起こしやすい。血縁にクモ膜下出血の人がいる人はすぐにもでもどこかでMRAを撮ってもらうことをお勧めします。それから高血圧の人、アルコール過飲の人。

 クモ膜下出血を起こすと、最初に言いましたように、例えようもない激しい頭痛が起こります。頭痛だけで終わる方は非常に少なく、ほとんどの患者さんは意識もなくなって倒れてしまうので、救急車を呼んでもらって病院に運んでもらいます。クモ膜下出血になって1年後、その転帰に1/3ルールがあります。1/3の方が死亡、1/3の方が寝たきりなど重症後遺症、1/3の方が軽度の後遺症か完全に回復して社会復帰しています。2/3の方は死亡するか重症後遺症で悩んでいることを考えれば、脳外科領域では非常に怖い病気です。

 これはクモ膜下出血のCT像です。白いところはクモ膜下出血を起こしているところです。クモ膜下出血を起こす原因は血管にできた蛸の頭のような瘤です。この場合は内頸動脈にできた大きな動脈瘤です。これが破れてクモ膜下出血を起こします。

 この治療法の一つは顕微鏡を使った手術です。開頭して、動脈瘤の首根っこにクリップをかけて、瘤の中に血液が流れないようにします。それで破れる心配がなくなります。もう一つはカテーテルを使ってコイルをこの瘤の中に埋めてしまう方法です。

 この方は44歳の男性で、クモ膜下出血の患者さんです。脳出血も伴っています。この人の血管を調べると、こことここに2個の動脈瘤があります。この人は手術でクリップをかけました。その録画をお見せします。

 (録画)ここにクリップをかけます。術者と助手の二人で手術をするのが普通です。ほんとうはいろいろ話しながらやっていますが音声を消しています。これは顕微鏡を通して見た術野です。ここに先ほどの血管造影の写真が出ています。この瘤にクリップをかけていきます。……出血しないように内頸動脈を一時的にクリップで挟んで遮断して、この動脈瘤にクリップをかけます。……きちんとクリップがかかっていることを確認して、一時的に遮断している内頸動脈のクリップを外して手術を終わります。

 もう一つの治療法として、カテーテルを使って瘤の中に金属製のコイルを詰めてしまう手術法、コイル塞栓術があります。コイルを詰めると、間に血液が混じっていても、その血液も固まってしまいます。そうすると瘤全体が固まってしまって、瘤から出血することがなくなります。開頭手術は全身麻酔でやらないといけないのですが、このコイルのカテーテル治療は局所麻酔でできます。ただいずれの方法にも一長一短があり、コイルでは合併症として脳梗塞を起こしやすいという問題点があります。術式は症例ごとに選んでいかなければなりません。 

 (録画)実際にカテーテルでコイルを詰めています。モニターをみながら瘤のある血管までカテーテルを上げていってコイルを詰めます。コイルを詰める過程をモニターでみていただきます。ここに動脈瘤があり、そこにコイルを詰めていきます。じっとみているとコイルが入っていくのがわかります。影が見えてきたのがわかりますか。たくさん詰めていくと影が濃くなってきます。……これでしっかり入りました。

 その後、血管撮影のために造影剤を流すと、ここに写っていた動脈瘤が消えています。ここに瘤があるのですが、コイルの影がうっすら映っているのがわかります。

 これは別の方ですが、ここに瘤がありました。コイルを詰めると瘤が消えて動脈瘤の破裂が回避できます。こういう治療法です。

 クモ膜下出血を予防するには、一つにはお酒を飲む方、女性は要注意です。特に血縁者にクモ膜下出血を起こしたことがあること、これは重要な因子です。必ず動脈瘤から出血しますので、動脈瘤の有無を調べるために脳ドックをやっている施設でMRA検査をしてください。動脈瘤がなければクモ膜下出血を起こす心配はありません。

 脳出血

 脳出血は脳の中の細い動脈が破れて出血した病気です。先ほどのクモ膜下出血は太い動脈ですが、脳出血は細い動脈が原因となります。この病気を起こしやすい人の一番の危険因子は高血圧です。ですから高血圧の人はきちんと血圧の薬を飲んで血圧を適切な値まで下げておくことが非常に大事です。高血圧を放置しておくと、かなりの確率で脳出血を起こします。またお酒をたくさん飲む人も注意してください。深酒はよくない。

 脳出血を起こすと、突然片方の手足が動かなくなる、突然言葉がしゃべれなくなる(失語症)、思ったことが口から出てこなくなる、脳出血が大きくなると意識がなくなって回復してこない、そういう症状が出ます。

 脳出血を起こしていろいろな治療をした1年後はどうなっているかというと、死亡が20%、寝たきりか全体介助が35%、何らかの介助を要する人が15%。ですから6割の患者さんは死亡か何らかの介助を要する悪い状態で、自立できている人はわずか4割しかいない。

 脳出血の治療は、出血が小さければまず血圧を下げて、血腫が大きくならないことを確認できれば、あとはリハビリに移っていくことが可能です。血腫が非常に大きくて生命にも危険が及ぶような場合あるいは意識障害がある場合には、血腫を取り除き、止血しなければならない。その手術が必要になります。

  手術をすることで一つには命を失わずにすみます。生命の危険を回避できます。また意識障害があってもその回復を早めることができます。しかし手術前に脳出血で麻痺が出たり言葉が話せなくなってしまった場合には、手術では麻痺と言葉の機能は回復しません。出血が起こったことによって言葉の機能や手足の動きを司る脳の部分が破壊されていますから。言葉と麻痺を回復させるにはリハビリしかありません。

 これは脳出血の患者さんです。これだけ血腫が大きいとさすがに意識も悪いし、命にも影響してきます。開頭して血腫を除去します。この後すぐにリハビリを開始します。 脳出血を予防するには高血圧をしっかり治療すること。お酒を控えること。それからMRIではT2*という撮り方があります。これで小さな出血を見つけることができます。小さな出血をこれまでに何度か起こした後、大きな出血を起こしやすいということがわかってきています。そこで小さな出血を見つけるのにMRIのT2*が役立ちます。脳ドックでMRIあるいはMRA検査をすれば、先ほどのクモ膜下出血も脳出血も予防することが可能になると言えます。

 

 脳梗塞

 最後に脳梗塞について。脳梗塞は脳の動脈、これは細い動脈であれ太い動脈であれ、それが血栓で詰まったために動脈が養っている部分の脳が死んでしまう病気です。血管が詰まって脳がだめになってしまう病気です。

 この血管造影を見るとわかると思いますが、右側の血管はきれいに描出されていますが、左側の血管は途切れているのがわかりますね。この先の領域で脳梗塞になっています。左のCT像でみると、白いところが脳梗塞部分です。

 脳梗塞を起こしやすい危険因子は高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満。これらを最近では‘死の四重奏’と呼んでいます。脳梗塞に限らず、心筋梗塞もこの4つの因子を持っていると起こしやすい。脳外科の場合は‘寝たきりの四重奏’ともなります。それから喫煙。心筋梗塞、狭心症のかかったことのある人。心房細動のある人。こういう人が脳梗塞を起こしやすい。

 脳梗塞を起こすと、突然片方の手足が動かなくなる。これは先ほどの脳出血と同様ですね。突然、ろれつがまわらなくなる。突然、片方の視野が見えにくくなる。これらが主な症状です。脳梗塞を起こした後いろいろな治療をした1年後の経過はどうかというと、死亡は5%。脳梗塞の死亡率は脳出血、クモ膜下出血に比べれば低い。ただし寝たきりや介助を要する人は35%。トータルすると、4割は障害を残すか命を失っています。

 脳梗塞の治療に使われるt-PA(組織プラスミノーゲンアクチベーター)という薬は脳外科領域の最近のトピックスです。これは昨年厚労省が認可した血栓を溶かす薬です。いったん詰まった血管をそのままにしておくと脳梗塞になるのですが、この薬で血栓を溶かすと血流が再開します。そうすると脳梗塞にならなくてすみます。 年配の方は脳卒中になりやすい世代ですが、このグラフを見るとおわかりかと思います。50代になると脳梗塞を発症する患者数がぐっとふえてきます。特に脳梗塞は高齢になればなるほど発症率は上がってきます。

 ただしこのt-PAを使うタイミングは脳梗塞を発症してから3時間以内に限られています。血栓を溶かす作用ですから出血のリスクも高まるので、3時間以内でないと使えないという制約があります。3時間以降には使えない、これが非常に大事なポイントとなります。脳梗塞を起こしたらすぐに救急車を呼んでt-PAを使える病院に運んでもらうことが大事です。

 麻痺が出た時間がわかっている人に限っていますが、枚方病院に到着するまでにどれくらいの時間がかかっているか、実際に枚方病院に搬送された脳梗塞の患者さんを対象に調べてみました。t-PAを3時間以内に使うためにはCTを撮ったり血液を調べたり、いくつかの検査が必要です。その検査にどうしても1時間かかるので、実際には発症から2時間以内に来てもらえないと使えません。何時に突然手足に麻痺が出て、何時に枚方病院についたかという時間差を去年1年間の症例で調べてみると、2時間以内は1割にも満たない。多くは2時間以降で、結局t-PAを使えませんでした。非常に残念なことです。脳梗塞だと思ったらためらわずに救急車を呼んで専門の病院に連れていってもらうことが大事です。  

 枚方市内でt-PA治療ができる病院を、私の知っている範囲ですが、ここに挙げています。枚方病院、星ケ丘厚生年金病院、枚方市民病院、新世病院の4病院で、救急隊もこれを知っていますので、隊員が脳梗塞だと思ったら適切な病院に連れていってくれると思います。 

 3時間を過ぎると、起こっている脳梗塞をこれ以上ひどくしない、脳梗塞の範囲をこれ以上広げない治療となり、点滴治療がメインになります。もっと大事なのは予防です。血管は同じように変化していますから、脳梗塞は一回きりではない、何回も繰り返します。一カ所で脳梗塞が起こって、それで安心していたら、また別の血管に起こってくることがあります。それを予防するには、アスピリンとかワーファリンとか病気によって薬は違いますが、血液をさらさらにする薬をしっかり飲んで梗塞が起こらない状態を保つようにします。そうやって脳梗塞の再発を予防します。

 それでも薬だけは予防できない病気もあります。例えばこの内頸動脈のここのところが糸のように細くなっています。内頸動脈の動脈硬化で、血流は虫の息ですね。血管の内膜がものすごく分厚くなって血液の流れる部分が細くなっています。土管が詰まっているような状況です。これは薬では治療できません、手術で治療するしかありません。

 (録画)これは分厚くなった血管の内膜を剥がして、血管をもう一度太くする手術です。見えているのは頸動脈で、血管の壁を切って開きます。このへんに細いところがあります。このチューブは内シャントといって、作業をしている間は血液が脳に流れませんから、バイパスを作って血液を流すためのものです。肥厚した内膜を剥がして、……これで取れました。分厚くなっている血管の内膜で、コレステロールがいっぱいたまった壁です。手術後、血管造影するとこのように太くなっています。

 外科的に取り除く方法の他に、今年4月から心臓の冠動脈で使われているステントが脳にも使えるように、厚労省は保険適用を認可しました。細いカテーテルの先にステントを付けて血管の中に留置する方法です。細くなっている血管までカテーテルをもっていて、そこで風船を膨らませてステントを広げてカテーテルを抜きます。網のような金属のステントがそこで開いたまま留置されます。

  

 おわりに

  この写真は皆さんがいらっしゃる枚方病院です。去年1年で脳外科では270例の脳卒中の患者さんを治療しました。ICUの一角にSCU(stroke care unit)という脳卒中の患者さんを専門に診る場所があり、重症の患者さんはそこで治療します。そして重症を脱すると脳外科の病棟に移ります。この写真は脳卒中の診療にあたっている私ども脳外科のスタッフ7人です。

 私は楠葉に住んでいます。毎朝枚方病院まで淀川の堤防を歩いて通勤していますが、朝6時過ぎでも歩いている人が結構います。この写真は牧野あたりで、今はオオマチヨイグサが両側に生い茂っています。生活習慣病のいろいろな危険因子を挙げましたが、やはり適度な運動が非常に大事です。1日30分ないし1時間、ぜひ淀川の堤防を歩いてみたらどうでしょうか。四季折々の景色があって非常に楽しいです。

 もう一つ大事なことは歩くことを毎日の習慣にすること。私は実は数年前にメタボと診断されて、何とかしないといけないと、最初はダイエットをしましたが、結局続かない。そこで通勤に歩くことを取り入れました。通勤ですから、毎日否が応でも歩かなければならなくなって、それが毎日歩く習慣を身につけるのに役立ちました。

 これはけさ撮った写真です。曇り空ですが、ここに枚方病院が見えています。牧野のゴルフ場からいい景色で、これを見ながら毎朝通勤しています。ご清聴ありがとうございました。

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